第2話 木村さんは不思議系?
「ごめーん、待った〜?」
それが木村楓さんとの出会いだった。
入学式とクラスメイトへの簡単な自己紹介、担任からの細々とした連絡事項を受けてお昼頃には放課後となり、帰宅しようと駐輪場に足を向けようと昇降口で靴を履き替えていた所、チャラチャラとした雰囲気を纏った上級生に「君、可愛いね。一緒に学食行こうよ」云々とナンパを敢行されて右往左往していた私、水島雫は、階段の踊り場から投げかけられたその声に振り向く。
きれーな娘。
率直にそう思った。
確か同じクラスになった、木村楓さんだ。
サラサラの黒髪と制服越しからも分かるとってもボッイーンなお胸、どこか気怠げそうな感じはあるけれど整った容姿をしていて、十分美少女といっても過言ではない。
現に上級生の男子生徒も彼女の顔や特に胸の辺りに無遠慮な視線を向けていて、彼女もナンパのターゲットにされたのが察せられた。
しかし、上級生が人の良さそうな笑みを浮かべて口を開きかけようとしたけれど、
「すみませ〜ん、この娘私の友だちで、待ち合わせしてたので失礼しま〜す」
そう間髪入れずに先輩に発言の隙を与えずに私の手を掴み、そのまま下駄箱に向かう。
ええっ? 何々?
唐突に私の手を牽引し、呆気に取られて棒立ちになっている先輩を置き去りにして、そそくさと下駄箱前で靴を履き替える木村さんに戸惑いの声を上げる。
「あっ、あの木村さん? さっきの待ち合わせ云々っていうのは?」
「う〜ん、なんか困ってたみたいだから、適当にでっち上げてみました。迷惑だった?」
「ううん、そんなことないよ! ありがとう助けてくれて」
「そっか。それは何より。ええっと、確か……水……水……瑞々しい……」
「べ、別に瑞々しくはないかな」
フルーツなのか私は。
「あー、ごめん。ここまでは出掛かってるんだけど」
そう言って木村さんは自分のお腹をさすった。全然出掛かってない。そのまま私の名前は消化されて出てこないのではなかろうか。
「水……水……あっ、思い出した!」
木村さんは自信満々で大きな胸を張り、私の目を見る。
「水炊きさんだ!」
鍋にされてしまった。
その後、名前を訂正して一言二言交わすと木村さんは「貴女可愛いんだから、気を付けた方がいいと思うよ」と、自分の容姿の良さを全く自覚していない様子でそう言って、何故か私の頭を撫でて颯爽と立ち去っていった。
美少女だけどのほほーんとした口調の人で、不思議な雰囲気を纏った同級生が残していった頭の辺りに残った掌の温もりになんとも言えないようなむず痒さを感じながら、私はその日以降木村楓という少女を自然と目で追うようになった。
教室での彼女はあまり交友関係は広々としておらず薄味な様子で、数人程度の友人らしい女友達とたまに休み時間に会話をする程度で、昼食も自分の席で手作りらしきお弁当を黙々と摂っている。
図書委員会は、週一回程度お昼休みと放課後に同じクラスの生徒がペアになってカウンター業務等を行うシステムなので、必然的にクラスメイトである木村さんが図書室でのパートナーになったけれど、先週の初出勤では図書室業務のやり方を司書の先生から教わったり、返却された本を棚に戻す作業をそれぞれが行ったりしていて、ほとんど話をすることも出来なかった。
どうして自分があの一風変わった感じの同級生のことが気になるのかは自分でもよく分からない。
けれど、絡まれている私を遠巻きに見ているだけで誰も助けに入ってくれる人がいない中、一切の躊躇なく私の手を握って引っ張ってくれた彼女の手の温もりを思い出す。
すると、どういう訳か胸の辺りがこう、なんというか、ポカポカ?とした気持ちになる。
恋……ではないと思う。
今までの人生で初恋すら経験したことのない私だけれど、女の子に対して恋愛感情を抱くことはないと思う。
この気持ちが何かは分からないけれど、それを確かめる為にも木村さんともっと沢山話が出来るように頑張るんだ!
「そう思っていた時期が私にもありました……」
「どうしたの木村さん? なんか親にエロ本を隠しているのを見つかった青少年のように燃え尽きてるけど?」
「まさにその状況だからです!」
先程まで全力で泣きついていた同級生は、土手に寝転びながら私からちゃっかりと拝借したエロ本をパラパラとめくって「おー、おっぱいでけー」と感嘆の声を漏らしている。貴女も充分デカいでしょう!! 私にもくれ!
(※雫さんはメンタルに多大なダイレクトアタックを受けて語調が大変荒くなっております)。
ちなみに私も彼女の横で彼女に背を向ける形で寝転んでいる。
これから仲良くしていきたいと思っていた女の子にエロ本をガッツリと楽しんでしまっている姿を発見された際の対処法は義務教育では教えてくれないので正しい反応というのが分からない。だが、羞恥心で熟れた林檎のように真っ赤になった顔を彼女に見られるのはなんかご勘弁願いたかった。
帰り道に偶然道に落ちていたエッチな本を見つけ、自分は同性愛者ではないから女性の裸を見ても興奮はしない筈で、木村さんに対して恋慕的な感情を抱いている訳ではないのだから大丈夫な筈だと息巻き、人目につかない高架下に移動してページをめくっていたら、そのなんだ、ええっと、そう、あの、あれ……結構夢中になって熟読してしまった。
同性の筈なのに、あの一冊に詰まったピンクピンクな写真の数々を見ていると、頭がうだるような感覚になって、正直なところ割と興奮してしまった。
……あれ、自分が同性愛者じゃないことを証明しようとしたのに、私が同性の体にも大層興味津々なお盛ん娘であることが証明されてない?
「ねえ、水島さん?」
「……なんですか?」
「水島さんって巨乳派?」
「ぶはっうっ!?」
唐突に投げかけられた最悪な質問に思わず弾かれたように身を起こすと、ナンパ男から颯爽と私を救ってくれた救世主の少女がエロ本の袋綴じをなんとかこじ開けられないか四苦八苦しているという結構泣きたくなってくる光景に頭を抱えたくなりながら、茹でだこのように赤く染まった顔を木村さんに向ける。
「な、なにゆえ?」
いかん、動揺しすぎて武士になってしまった。
裏返り気味の声でそう訊き返すと、木村さんはエロ本をパラパラとめくりながら、
「だってこの本巨乳の女の子特集みたいだから、これを熱心にご覧になっていた水島さんはお胸がたわわ〜んな女の子が大好物なのかなと思って」
「だ、大好物とかではないよ!?」
巨乳が大好物の女子高生なんてクリーチャーは、あまり生息してはいないと思う。
男の人は大きな胸の女の人が好きなんだとは思うけど、少なくとも私は巨乳至上主義者ではないと思う。思いたい。
私は断固抗議すべく大きく息を吸い込み、ピシッと木村さんを指差す。
「別に私、女の人の胸とかには好き嫌いとかないから」
「そうなの? これが愛読書なのかと思ったけど」
「断じて違う!」
「ふ〜ん、そうか……」
木村さんは自分の胸をモミモミと自分で揉み、
「興味があるなら触っても良いよって、言うつもりだったんだけどなあ〜。
興味がないなら、仕方ないか」
「……」
「……あらあら水島さん。なにやら惜しいことをしてしまったみたいなお顔をして、地面の雑草をブチっと引き抜いてしまっていますが、一体どうしましたのかな〜?」
「っ!? そ、そんな顔してないからー!!」
ケラケラと楽しそうな笑みを浮かべて私をからかってくる木村さんに、頬に強烈な熱を感じる顔を向けて声を上げるが、彼女の言葉を否定することは出来なかった。
……だって、ほんの、ほんのだけど、勿体ないことをしてしまったって思ってしまったから。
……私、木村さんのこと、本当にどういう対象で見てるんだろうか?
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