気怠げな木村さんとちょっぴりエッチな水島さん
九条 結弦
第1話 水島さんはむっつりさん
「ふわぁぁああ~、眠いな」
授業も終わった放課後。
スポーツに、音楽に、文学に、ボランティアに、あとは……何だろうな? 分からん。活動的・生産的なことには手抜きな人生を送って来たので思い浮かぶバラエチーに乏しい。
まあ、そんな若者らしい色々な活動に青春を捧げている同級生達や先輩方を尻目に自転車をかっ飛ばして自宅に直行中の私、木村楓は人目も憚ることもなく大口を開けて欠伸を漏らす。
肩口まで伸ばした黒髪が風に押し流されてサラサラと空中を泳ぐ。
今月入学した高校の薄茶色のブレザーは自転車の前のカゴに無造作に放り込んであり、中学から続投中でヨレヨレ気味なカッターシャツの首元に風を送り込むべく緩めたリボンという生活指導の先生に見たらヘイトが溜まってタゲ集中されそうなだらしない格好でチャリンコのペダルを漕ぎ続ける。
視界の左側には閑静な住宅街が広がり、右側は学校終わりの少年達がユニフォームに身を包んで野球に興じていたり、ゲートボールそっちのけでベンチでおしゃべりに夢中な老人会のお年寄り達がお茶とお菓子を楽しんでいる。あっ、田舎あられ食べてる。家に帰ったら、ポットから注いだお湯に塩を入れてお茶漬け風にして食べよう。うんめーのよ、意外と。妹ちゃんにはババくせーと言われたが、好きなもんはしゃーない。
「帰ったら寝よ。起きたらご飯食べて風呂入って、適当に積読本でも読んで寝よ」
我ながら自堕落な生活というか、花の青春を謳歌する女子高生とは思えんラインナップだ。
だけど、部活にも恋にも特に興味はないし、別段やりたいこともない無気力というか夢もない寂しい私は今のこんな生活にそれなりに愛着をもっておりますので、今のところは現状維持で良いと思うのです。うん、思おう。
マイバイクを進ませ、意味もなく自転車のベルを鳴らす。
チリン、チリン。
うむ、なんか鳴らしたくなるんだよねこのベル。
別に前に通行の妨げになっている人がいる訳でもないし、危険を知らせる為でもないのに、このチリンチリンには謎の鳴らしたくなっちまうパワーが秘められているのだ! ……私個人にはそう感じるっていうだけだけどね。
そんなアホなことに思考の大半を費やしていると、川に架かっている橋を急行列車が通り抜けていく音が響き、何気なく列車の通り過ぎた風景に視線を向けると、
「……おや、珍しい。ええっと、水島さんだったよね?」
列車がついさっき通り抜けて行った高架の下で、今月から出会ったクラスメイトの後ろ姿があった。
腰元まで伸ばした栗色の髪が特徴で、華奢でほっそりとした足腰には「ちゃんとご飯食べているのかねチミー」と言いたくなるほど無駄な贅肉が付いていなくて、ダイエットとは無縁なボディーだ。
水島雫。
私のクラスメイトの女の子で教室では私の前の席に座っていて、今月から入った図書委員では図書当番のペアを組まされている。
入学式後の教室での自己紹介で名前と出身校、読書が趣味という当たり障りのない個人情報を公開していた気がする。
随分とびっちょり濡れたお名前だと思った。
まあ、名前全てに木が入っている私が入っている私が言えた義理でもないけれど。
そういえば、水と雫が入っていて水っぽい娘(別に水島さんが薄味だとか、シャバシャバしている意味じゃないのよ)だな思ったからびっちょりという言葉が浮かんだけど、私の場合は何だろう。
木が多めだから、キキキキキキッ……う~む、何やら狂気を孕んだヤベー笑い声にしか聞こえねーぜ。
名前が全て木で構成された私は木造建築かなにかかな。法隆寺か。う~ん、生憎1400年以上も生きてねーから違うか。
築15年しか生きてない小娘だから、法隆寺パイセンの足元にも及ばない。
まあ、そんな無駄話はさておき、閑話休題。
まだほんの少ししか会話を交わした覚えはないが、水島さんは本が大好きな内気美少女というのが私の印象だ。
確か特定の部活にも入部しておらず、私と同じ校内最大勢力を誇る(多分)巨大組織・帰宅部のメンバーに数えられている同士だった筈。
バイトや友人と遊びに行くこともなく、あんな人気のない高架下で何をしてらっしゃるのかしらん。
遠目で見ていると何やらその場にしゃがみ込んで、手元に何やら熱心な視線を向けているようだが、河川敷の堤防の上の地面剥き出しの道でチャリンコを停車している私の現在地からでは彼女がご執心になっている物を視認することは出来ない。
「……いっちょ、行ってみますか」
別にやることと言えば、唯一の趣味といっていい読書と食って寝る、ついでに赤点を取らない程度の勉強ぐらいだ。
バイトもしていないし、ほんの一時クラスメイトと交流を深めてみるのも良きかな良きかなかも。
愛車のスタンドを立て、置きっ放しにしておくのも不用心かなと念の為カバンとブレザーを持つ。
「ステイステイ、大人しくしてるんだぜかわい娘ちゃん」
マイバイクとこちらに背を向けてしゃがみこんでいるクラスメイトに向かってそんなアホな声を掛ける暇人が、雑草が生える斜面をゆっくり慎重に下る。
途中で足を滑らせて青臭い地面とキスしそうになったけれど何とか大地を踏み締めて下りきると、何となく抜き足差し足忍び足で水島さんの背後に近づく。
随分と集中しているのか私がすぐ後ろに立ってみても気付く様子もなく、相変わらず視線は手元に集中している。
何を一体見ているのだろう?
そっと首を伸ばして彼女の手元を覗き込む。
そこに広がっていたのは……ピンクだ。
ピンクがいっぱい。
いや、厳密にいえばいっぱいなのは肌色なんだけど。
R18。
18禁。
エロ本。
大人しく物静かな整った容姿の女の子だと思っていた水島さんは、18歳以上しか読んじゃいけない大層アダルチーな本を熱心に熟読していた。
……いかん、これは予想外だった。
本は所々に泥や汚れが付着していて、どうやらこの辺にポイ捨てされていたエロ本を偶然拾ったのだろう。
まさか、水島さんが人気のない場所でエッチ―な本に興味津々なむっつりさんだったとは。
水島さんは自分の背後でクラスメイトにエロ本をじっくりと鑑賞している姿を鑑賞されていることに気付くこともなく、ゴクリと喉を鳴らす。
「……すごい」
「うん、すごいね」
「こんなにおっぱいが大きかったら、私も大人の女性っぽく見られるのかな?」
「いやー、胸が大きくても良いことないもんよ。肩もこるし、男子のいやらしい視線の的になったり」
「それは木村さんが推定Eカップの巨乳だから言えるんだよ。富裕層には、貧困層の苦しみは分からないんだよ」
「いやいや、体育の着替えでチラッと見たけど水島さんだってBカップはあるでしょ。まだまだ成長期なんだから希望はあるって」
「そんな希望的観測には騙されな……」
軽快に続いていた会話が唐突に途切れる。
ギッギッギッ。
カクカク。カクカク。
ブルブル。ブルブル。
色々な擬音が楽しめそうな愉快な動きをしながら恐る恐るといった様子で振り返った水島さんの顔は、ベッド下に隠していたエロ本をお母さんに見つかってしまって家族会議が開かれることが決定した少年のような絶望に染まりきった顔面蒼白な表情を浮かべていた。
「……木村さん?」
「はい、木造建築築15年の木村楓さんですよ」
「私のクラスメイトの木村楓さん?」
「はい、水島さんと同じクラスメイトで図書委員会でもご一緒させてもらっています木村楓でございます」
「……見てた?」
「う~ん、まあ、見てたかな」
「……マジで?」
「知らなかったこととはいえ悪いことをしちゃったとは思ってます。ええっと、まあ、なんというか……」
真っ青だった顔が次第に茹でだこのように真っ赤にシフトしつつある、水島さんに信号機みたいだなという場違いな感想を抱きつつ、一言。
「……お盛んなの?」
ボンっと。
水島さんは真っ赤に染め上がった顔で私のお腹に顔面ダイブし、私の腰元にグッと手を伸ばして抱き締めてくると、
「み、見なかったことにしてくださぁぁぁぁいぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
とガチ泣き寸前の悲鳴を上げて泣きついてきた。
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