第7話
私は淡々と林堂くんから割り振られた仕事をこなしていた。最初に合った高揚感なんてもう無い。何の為にここにいるのかわからなかった私はただ流れ作業のように仕事をするだけで現実世界にいた頃と変わらなくなっていた。
そして前触れもなく主催者はこう言った。
「そろそろ戦争が出来そうですね」
共有ルームにいた私達はモニターに視線を集中させた。何を言っているのか分からなかった。主催者が言うには発展し、十分な人口と技術力が整ったら派閥間での戦争を始めるのがこのゲームの狙いだったらしい。私は真っ先に反対した。例えゲームでも彼らはまるで本物、私達と同じように生きているのだから。だが突きつけられたペナルティはあまりに悲惨だった。
「負けたらなんかあるのか」
「敗者は負けた時点で死にます。それと戦争を始めるにあたって幾つか新しいルールをもうけましたので確認の程を」
この場にいた林堂くんを除いた皆が手を止めた。
「はあ!? き、聞いて無くね!? そんなの冗談でしょ? ね、ねぇ!」
「林堂、テメエこの事知ってて俺たちに黙ってたのか! ふざけやがって!」
「言えない事情があるって前に言っただろ! 」
みんな喚く。私も非難した。だってこんなのおかしいじゃないか。何故私達は自らの命を掛けて戦わなければならないのか。
「目的は一体何なの」
イオさんはモニターに映る主催者を睨みつける。
「……目的ですか。そうですね。物語を作っていただきたい、それだけです」
「ふざけんな! こんなのゲームじゃないよ! こんなゲーム降りて……降りたいよ……」
アードくは崩れ落ち端末を放った。
降りたいけど降りれない。ルールにはゲームを降りれば地上行きと書いてある。降りれば私達は魔法も持たないただの無力な人間だ。言葉は通じても道理は通じない。戦争の最中に降ろされれば戦地へ送られる可能性だって十分ありえる。ゲームを降りても降りなくても身の保証の安全は取れなくなっていた。私達はここでプレイヤーとして運営していくか世界の一部になるかどちらかしか選べない。
一人としてゲームを降りるものはいなかった。
「ご武運を」
主催者はそれだけを告げ、ぷつりと画面が暗くなった。
「ルールを確認しろ。嘆いていたって何も始まらないんだ。僕らは戦わなきゃ死ぬ。死にたくないなら協力しろ」
「てめぇは知ってるから良いだろうがこっちは納得出来ないんだよ」
「じゃあ降りるか? それともただ野垂れ死ぬか? 僕らにはそれしか選択肢は無いんだよ」
そう言われイェンは口を噤んだ。
「み、みんなで協力して戦わないようにするってのは? 他派閥の人にも連絡とってさ――――」
「第二十三条、戦争を行わなかった場合敗者とみなす」
「マジかよ……」
逃げ場は無いみたいだ。
私達は新たに追加されたルールを確認する作業に移った。戦争が始まる為にかなりのルールが追加されている。
「このポイントってなんだ?」
私達は派閥内で使える戦争ポイントと言う通貨を獲得できるようになった。それで色々と購入が出来るらしい。最初に配られたポイントを使って自分に能力付けたり、私達が住んでいた世界やこちらの世界の物品、空間まで買えるとは。
「プライベートルームなんて物も買えるのね、静海は買っておきな。この派閥には男が多いから」
「そ、そんな警戒しないでもよくね?」
「な、なぁ派閥を移動できなくなるの?……俺兄ちゃんのところに行けないのか? 兄ちゃんを殺すってことなのか? い、嫌だよ!」
派閥間での移籍は廃止されたようだ。
「何このルール? プレイヤー同士の殺傷行為を可能とする?」
「プレイヤー同士で殺し合いが出来るってことだ」
「は? そんなのアリなの?」
「だが俺ら意外の派閥のやつらの所在はわからない。どうやって殺すんだ」
「場所わかっていたら直ぐ殺し合いになる。けど僕たちの居場所を突き止める鍵が存在している。それは僕達がこれから選ぶであろう勇者、そいつらの心臓の中にある」
戦争が始まる前に私達一人一人に勇者を付ける。自分の手駒のように動かすための勇者だ。そしてその勇者達の心臓には鍵があり、勇者の主の場所を突き止めるための鍵だ。地上に置いてもいいし、ここに居させてもいい。彼らを戦争に参加させれば大きな戦力となるだろう。
「じゃあ心臓が無い勇者にすればいんじゃね?」
「そんな抜け穴は無いしそいつは死ぬだろ」
「その勇者って何処にいるのよ」
「地球から持ってくるんだよ。召喚という名目でね」
「同輩を持ってくるのは気がひけるねぇ……」
「そいつらは転生したと勘違いしてるから気にするな、真実を話さなきゃ良いさ」
エゴだ。私達のこのゲームに関係の無い下界の人間はおろか同郷の人まで巻き込むなんて。
「ならいっか。んでどうやんの?」
「このアプリをだな……」
そんな話しも聞きたくないし、地上なんて見たくなかった。
「静海?」
私は端末を操作し適当なプライベートゾーンを買う。転移の方法は念じるだけだそうだ。私はすぐ様念じゾーンに生成された一軒家に閉じこもり誰も入れないようにロックをした。
派閥のメンバーと連絡を取り合うことは暫くやめた。何通がメッセージが来ていたが返事をすることも無くただ眠くもないのに目を閉じて眠った。そんな事を続けてもう数十日は経っただろうか。流れてくるメッセージを見ると戦争はどうやら始まったようだった。
戦争が始まったことにより派閥のメンバー個人個人に国が割り振られたのは随分前に確認したが私の国はどうなっただろうか。久々に端末を弄り地上の様子を見た。
地上波嫌に騒がしい。軍隊が移動している。城壁が作られている。
人々は私の介入なしに戦争の準備をしていた。手を下すまでもなく勝手に戦争をしようとしている。この人達を止める事は出来ないのだろうか。戦争なんて無益だとわからないのだろうか。
私は端末を置こうとした、だが私の目には映ってしまった。
「お母さん……お父さん……たすけて……」
腹を切り裂かれた少女が倒れている姿が。
何故? 何故彼女は腹を切られている? なんでこんな場面を見てしまった?
疑問が尽きない。彼女の付近を見ると剣を持ったならず者みたいな風貌の男が走って逃げている姿が見えた。何故彼は人を切った。だがそれより彼女が心配だ。手を伸ばし助けを求めている。いつか見た光景だった。私は端末に手を伸ばした、がすんでの所で止まる。
ルールを破れば派閥のメンバーにも迷惑がかかる。これは私一人の判断で助けていいものじゃない。だが誰が助ける。今から人を誘導するようなイベントを起こすか? だがそれじゃあ間に合わない。彼女の腹の傷はかなり深い。
また見捨てるのか?
そんな事はしたくない。じゃあ私が助ける? それ以外に救う方法が無い。彼女が生きるも死ぬも私のこの握っている端末によって決まる。
なら地上に降ろされたって構わない。
一人の少女を救えるのだったら自分の身一つくらいどうってことない。目の前で人が死んでいくさまを見るのはもうごめんだ。
私は歯を食いしばり、端末を操作した。この世界は本当にどうしようもない。
そして少女をプライベートゾーンに転移させる。まだ生きているが息が浅い。与えられたポイントでタオルを購入して切り口を抑えるが血は止まらない。医療の知識が無い私にはどうすればいいかわからない。
「音声検索! 死にかけの人を癒やす薬は無いの!?」
「該当項目を表示します」
表示されたのはこの世界の薬だった。だがどれもこれも高い。私の持っているポイントでは到底購入できない代物ばかりだ。派閥のメンバーに連絡を取ろうと端末を操作していると彼女が声を発した。
「め……がみ……さま?……」
「だ、だいじょうぶ! 私が今助けるから!」
だが彼女は目を閉じ呼吸を止めた。
「ねぇ! 起きて! まだ目を瞑っちゃ駄目! 駄目よ!!」
私は何度も揺する。そんな事すれば逆効果だってわかってても。
何度も、何度も。
だが彼女の生命活動は先程終わりを告げた。
「どう……して……」
林堂くんから通知が来る。つくづく無遠慮な男の子だと思った。内容は早めに勇者を決めろということだ。
そんなの今はどうだって良い。
この世界の住人はこれからも血を流す。それは私達も同様に。どうしてこんな事になっているんだ。血濡れた手で私は端末を握りしめた。先程来たメッセージをもう一度見る。
あぁ、彼らが連れてくる勇者達は何も知らず何人もの人を殺すだろう。悪いのは見捨てた人達だけじゃない。この世界を作った私含め全員が悪だ。そして今後も今直面したような悲劇とは比べようの無い地獄が待っている。
けどこの子はその地獄から解放されたのだ。
「ごめんなさい……こんな神様で、静かに眠って頂戴」
せめて弔おうと私は地上へ下ろすための操作をする、はずだった。私は手が震え、間違えてに林堂くんのメッセージををタップしていた。そして切り替わった画面には勇者の資格を与えるためのアプリがある。それをタップし、インストールが完了した。私は何をしているんだろう。無駄なあがきかもしれないけど私は画面をタップして勇者を与えるアプリが起動するのを待った。そして起動画面には勇者にする対象を選んでくださいと書かれていた。
「この子に勇者の資格を………」
涙が溢れる。こんな事するのは間違っている。
開いた視界は涙で良く見えない。だが滲んだ視界の中には文字が変わったのが見えた気がした。
可能です、勇者にしますか?
そう表示されているように見える。
信じられず目をこすって画面を見た。
確かにそう書かれていた。見間違いじゃない。
「お願い」
私は迷わず彼女を勇者にした。
すると文字が切り替わる。
承認しました。では一つ目の能力を希望してください。
「不老不死」
不死は認められません。不老だけを適用できますがどうしますか。
「なら不老だけでいい」
承認しました。2つ目の能力を希望してください。
どうすればこの子は二度と死なない?
「死なないように出来ないの?」
条件付きであれば不死に近いの能力を付与することは可能です。
この救いようのない世界で一人だけでも救えるなら。
「じゃあ、私が死んだらこの子も死ぬ、それは駄目かしら」
承認しました。以上2つの能力を授けます。
勇者フィリス・マイスを相場静海の管轄に加えました。
私はそっと女の子を抱きかかえた。血の気が戻りお腹の傷も消えている。
出来た。私に人を救うことが出来た。私は感極まり再び涙を零した。
そして決意した。
もう私はこの子を絶対死なせない。何があってもこの世界で生き延び、そして生き延びさせる。
これがフィーとの出会いだった。
彼女をこの地獄へと引きずり戻した私はなんて傲慢な神だっただろうか。
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