第6話

シン……とした空間が広がる。


「そんな事言ってたっけ? 俺っちボケちゃったかな……しずちゃん覚えてる?」


私は首を振った。イオさんも覚えてないのか頭を抱えたままだ。


「どういうことだ? 今回からはそういった体で進めることになったのか?……」


林道くんがとぼけている様には見えない。なら一体……。


「おい」


「うあっ!」


イェンが林堂くんの胸ぐらを掴み壁に叩きつける。


「お前色々知ってるみたいじゃないか、全部話せ」


「それはむりだ、うッ!……」


林堂くんは鳩尾を殴られても平気そうにしていた。イェンは訝しげに眉を曲げる、そしてもう一度殴りかかろうとシた所で丹波くんが間に入り林堂くんは壁へと寄りかかった。


「ちょ、ちょいちょい、やりすぎっしょイェンイェン」


「お前も殴られたいか?」


 威圧をされ縮み上がった丹波くんはすぐに身を引いた。ドカッとソファに座ったイェンと同時に隣のソファにブロックノイズがかかる。アードくんだろう。だが地上から帰ってきたアードくんは先ほどとは打って変わって取り乱していた。


「なあ! 兄ちゃんがおかしいんだよ! このゲームから一旦抜ける方法聞いたけどそんなもの無いって。しかももう現実世界に戻れないとか言ってんだ! わけわかんないよ!……ってリーダーは何してんだ?」


壁に背をついて座っている林堂くんは目を伏せた。


「こいつが全部知ってる」


「悪いがこっちも話せない事情があるんだよ……」


彼は必要以上に隠している。


だが聞けない以上は仕方ない。


他に詳しい人は……。


「主催者に直接聞く、それじゃ駄目なんですか?」


「それ! それだよ! し、しずちゃんかしこーい!」


それから私達は直ぐに主催者とコンタクトを取った。


「おい、どうやってこのゲームからログアウト出来るんだ」


モニターに映った主催者はいつも通りくたびれたスーツでやる気が無さそうな表情をしていた。


「ログアウト? 何言ってるんですか。そんなの出来ませんよ」


「何ふざけたこと抜かしやがる、殺すぞ」


「私はあなた方に言ったはずです。この世界に来る時に自分の人生を捨てるかを」


 林堂くんと言ったことと同じだった。聞き覚えがない。


みんな口々に文句を言うが取り付く島もなかった。


キレたイェンは画面を叩き破りモニターは暗転する。


 その後は何をしていだろう。口を開かずただぼーっとしている者、端末を弄っている者、ソファーに蹴りを入れて苛立っている者、頭を抱えたままの者、地上世界に降りて通話をしに行った者、誰ひとりとして会話をしない。ただこの理不尽な状況を受け入れられてない。確かに元の世界はロクでも無かったけど私の故郷でもあった。ここにいる限りは不自由は無いだろう。食事も睡眠も取らなくても死にはしない。だがそんな事を望んでいたのだろうか。


「君たちさ、不満があるのはわかるけど受け入れてくれないと僕が困るんだよ。このゲームで負けたくないだろ?」


 林堂くんは知っていて平気なのだろう。この世界に馴染んだ彼にとって、私達は非協力的なプレイヤーでしかない。


「勝ち負けとかどうでも良いよ」


何の為にこのゲームをしているのか。息抜きのつもりだったというのに。


「そうね。もし勝ったら帰れる、とかなら別だけど」


イオさんの言葉通り帰れるなら進んで協力するが帰れる保証は無い。


「それは後々明かされるだろう。まだ勝負は始まっちゃいないから出来ることをするしかない。僕も君等もそれが最善策だって事を理解してくれ」


「濁したってことは帰れる可能性は無いわけじゃないってこと?」


「さぁな」


彼は真実を私達に言わない、けどもしかしたら。


「ならその希望に乗っかるしか無いっしょ、ね? みんなでこのゲーム終わらせて帰ろうよん!」


それ以外に何も出来ないと言うのなら。


「やります、私帰りたいです!」


このゲームを終わらせる。


「俺も! 兄ちゃんと帰ってこんなクソゲーじゃなくて神ゲーやる!」


「私も故郷に帰りたいから協力するよ」


「……癪だが従ってやる」


「一致団結! これで決まりよ!」


「なら精々足を引っ張るなよ」


 こうして私達の意思は固まった。


 それからは林道くんは私達を指揮して世界を回し始めた。人々は徐々に小さな村を作り、町へ、都市へ、発達して、そこから一気に国家が造られる。別派閥との交流も合って種族同士で流通が始まった。専ら私達がやることはイベントを起こして彼らの活動に刺激を与えたり、誘導させることくらいだ。


 そのイベントに対して彼らは様々な対策をとる。嵐が来れば防護魔法が発達し、魔物が発生すれば軍隊が作られる。実際にそこに意志を持った人間がいるのかと思えるほどに、下界の生き物は精巧だった。そして精巧であるが故に争いもあった。




 ある日彼らの生活を観察していると下界の人間同士で揉めている様子が目に映った。そして次の瞬間私は衝撃を受けた。


人が刺された。


蹲って呻いてる男の人は本当に苦しがっているみたいで私は彼を助けようと咄嗟に端末に手を伸ばした。以前丹波くんが地上にある魔法道具を端末の機能を使い持ち込んでいた。なら彼をこちらへ移動させ処置をすることも出来るはずだ。地上への直接の干渉になるのだろうけど。


だがその手は林堂くんによって遮られた。


「何するんですか! 」


「それはルール違反に値する行為だ」


そう言われ端末を取り上げられた。


「返してください! この人死んじゃいますよ!」


「落ち着け。これはただのNPCだ。だから彼らはプログラムされたように動いてるだけだからそんな事する必要はない。一人や二人死んだ所でどうせ直ぐ増える」


「でも!……でも彼らは苦しんでいるじゃないですか……」


「手を出せば僕らの派閥に不利益が生じるんだ。妨害をするなら反逆とみなして地上へ降ろさせる。これが最後通告だぞ」


 不利益、林堂くんはこのゲームのルールについて熟知していた。このゲームでは地上の知的生命体への過干渉はペナルティを与えられる。内容は一定期間の統治または人口が減少するようにイベントが自動的に発生したり、派閥にとっては不都合なことばかり。そしてルール違反をした当事者はプレイヤーの権利を剥奪され地上へと降ろされる。


 ただそれでも冷たく突き放すこの人に私は絶望した。確かにこの人を助ける事で他の人が犠牲になるかもしれない。一人の人間と大多数の人間を天秤にかければ何が最善か誰でもわかる。けど私にはそんなに簡単に割り切れる頭を持っていない。


 NPCだとかAIだとかただ言い訳にしてるだけなんじゃないのか。目の前で息を引き取った人間は涙を流して痛みにもがいて誰も助けてくれずに死んだ。


 地上に降りれば私達だって同じように死ぬ。刺されれば痛いし血を流せば弱る。誰も助けなければ死んでしまう弱さを持った私達に似た存在。一体何が違うのか。神様って何なんだろう。この世界は生きてるって思うのは間違いなんだろうか。


 死体が硬直して行く様を空から眺めることしか出来ない無力な私。この世界の神であるのに自ら作った人間が人間を殺めるのは必然だとしても止めたかった。止められるはずだった。


 他のメンバーも最初は快く思っていなかったがペナルティを気にして地上での争い事を見ても止めようとはしなかった。冷酷で無慈悲な、それこそ私達がただシステムに従うAIの様に地上の人を切り捨てる。私にとっては地獄だった。


ただこれは地獄を踏み出してまだ一歩。


序章過ぎなかった。

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