第5話


降り立った地上は岩石の島で見渡す限り海が広がっていた。


「ここを開発するの?……」


 私は絶句した。あまりにも何もないし足場が悪いのでしゃがみ込むしかない。島と言っても数百歩歩けば一周できるくらい小さく、沖ノ鳥島みたいだ。


「開発する前に僕が今から生命体を創るから大人しくしてろ。海に落っこちたいなら別だが」


 林堂くんはそう言って暫くスマホを触って画面に齧りついてしまった。私達は手持ち無沙汰になり、することが会話をするかスマホを弄るかの2択しか無い。探索をするにしても何もないし5分も経たずに終わるほど殺風景な場所だ。


「暇だからオレっちの小話なんかどう?」


 いつの間に私の横にいる丹波くんがニコニコと話しかけてくる。会話をするのは良いのだが個人情報をポロッと零してしまえば日常生活に影響を与えるやもしれない。それが少し怖いところだ。


「下らん、それより規約とやらを見ろ」


イェンはゴツゴツした岩肌の上に座り端末をスクロールして規約を読み始めていた。


「そんなんめんどくねー?」


 だがやることもないし、時間を持て余していても、何より丹波くん以外みんな口を聞かずにスマホを開いている。だから私もスマホを出しメールに付いている添付ファイルを開いて中身を確認することにした。


「うげぇッ。これ読むのめんどくさすぎるでしょ」


 軽めに読もうと思っていたが想像以上に情報量が多い。メンバー表の下に長い規約のようなものがつらつらと書かれてある。50ページほどあればそんな声が出てしまうのも頷ける。


「これ読むのはちょっとキツイですよね」


「要点がまとめてあれば良いけどこれは大変そうね」


イオもうんざりしたような顔で適当にスクロールしてため息を零していた。


「ルールは2ページくらいで後はこの世界や君らの持っている端末の仕様だから安心しろ。ルールだけ読んでそれ以外は各々確認すればいいし後で僕が必要な部分だけ話す」


その言葉だけで皆、止まっていた指を動かして読み始める。


「じゃあみんなで読みましょう」




第一条  生命体を作らずに半世紀を迎えた派閥は失格とみなす。


「これって今アンタが作ってるから問題ないの?」


イオがチラッと林堂くんを見る。


「あぁ、もちろんだ。おいアード、暇してるなら生命体の作り方を教えてやるからこっちに来い、というか手伝え」


マジで!? と林堂の方に駆け寄って行った。


「なあ何でこんな水たまりの前にいるんだ?」


「話しかけるな」


第二条  文明が出来るまでは自由に時間を弄ることが可能とする。


「文明ってことは人間でも作れるということか?……随分凝っているな」


「わっかるぅ~、凝りすぎっしょこのゲーム」


「気に障る声で俺の言葉に反応するな」


第三条  知的生命体への過干渉は禁止とする。ただし特定の条件を満たせばルールに反さないものとする。不許可に干渉した場合ペナルティを与える。


「過干渉ってコミュニケーションも駄目なんですかね」


「主催者に直接聞かないとわからなさそうね」


第四条  派閥の人数上限は8人までである。


「初期の俺らの人数は上限を下回ってるのか。不利じゃないか?」


第五条  派閥を変えた場合全派閥へ通告するメールが届く。


「しずちゃんいるから絶対抜けないわー。安心してねしずちゃん!」


「う、うん」


第六条  ゲーム敗者は地上で1人の人間としてプレイしてもらう。


「敗者になる条件が明示されてないけどどうなのかしら」


「不文律は主催者にでも聞け、大体答えてくれるだろ」


「適当ね」


「あの、イオさん。七条のこれって」


「何?」


第七条  ルールと機能は進行具合により随時追加する。


「ええー、そんなんダルすぎっしょ。ここに書いてある事を覚えておくのすらきっついわ」


 この世界が発展するに連れてルールが追加されればより複雑化したゲームになるので人を選びそうだ。私も少しめんどくさそうだと感じる。


「なあリーダー、これが生命体か?」


 アードの声につられ二人のスマホを覗くと顕微鏡を使って見るような小さな塵みたいなものが映っていた。


「なんだリーダーって……まあ、こいつが最初に誕生した生命体だ。ここから僕たちはコイツらの為に色々と世界を弄る。じゃあ一旦ルームへ帰るぞ」


私達は再び、diveからascendと変わったアイコンをタップするとそれぞれが座っていたソファーへ戻される。よく出来た移動法だ。


「戻ったか。じゃあ早速説明しよう。さっき僕らがいた場所だけが地上だ」


「マジで海しかないのか」


「そうだ、だからあそこから発展させる以外に手段は無い。僕が態々端末を使わずあっちで生命体を作ったのは陸地になるべく近いところにあのちっこい生命体を確実に隔離するためだ。それから少し時間を進めて進化させるまで放置する」


「なんで?」


「進化させれば地形を弄る条件が解放されるからだ」


「ほーん、つか、ほんと―に詳しいよなぁ林ちゃん。前もこのゲームやってたの?」


「さあね」


「リーダーはなんで隠すんだ? 別にいいけどさ」


「お前ら僕に変なあだ名を付けるな。それより、だ。君らに操作方法を教えてやる。だから変なところ押すなよ」


 林堂くんが私達に色々教える。昔父親がやっていたドット絵テイストのゲームと比べると随分進化したものだと思う。あの時はやたら難しい操作をさせられ私はゲーム自体を忌避していた。けどこれは全く別物だった。


 私達は林堂くんに習って生命体を作る。それだけ聞くと色々専門知識が必要になりそうだが、小さな子どもでも作れるように単純化されている。それほど難しいわけではなく3D 表示された分子モデルやDNAモデルを適当にちょいちょいと弄るだけでどのような生命体が産まれるのかが細かく情報が表示される。最初は林堂くんが作った小さな生命体しか作れないが、それが段々と顕微鏡で見るようなクロレラみたいな単細胞生物へ、時間を一気に進め魚のような生物へ、今度は地形を弄り大地を盛り上げ草木が地上で育ち、陸地へ上がった魚たちは鳥や爬虫類へと進化し多種多様の生き物が爆発的に増える。


 一見、私達が住んでいる地球で見るような植物や動物に見えるが、段々と姿を変え私達の知っている動植物とはかけ離れた特性を持って進化して行った。ゲームならではのシステムを活かして様々な生命体が作れる。とても興味深く、ゲームに関心が無かった私でさえもすっかりのめり込んでいた。このゲームはゲームだって事を忘れる程に緻密に作られすぎている。


「イオさん、これって新しい種ですかね? 変なタコがうねうねしてますよ」


 隣に座っているイオさんを呼ぶ。私が端末に映っている先には赤い光を内包したタコみたいな生物が地上の草花を掻き分けてうねっている。


「そうっぽいね、相場さんはこのゲーム楽しいと思う?」


「はい! 現実より余っ程楽しいですよ。今まで趣味が全然ありませんでしたからねぇ」


仕事とは無縁のこのゲーム世界は今までに無いくらい楽しい。


「おい、サボってないで環境を整えろよ、じゃないと絶滅するってリンドー言ってたぞ」


「このアイコン押しちゃったけど大丈夫っしょ?」


「アホか! それは明らかに隕石マークだろ! 見て分からないのかアホ!」


画面には赤く輝いて落ちてくる隕石が海の中へと落ちていき津波を発生させていた。


「……丹波」


絶句している林堂くんを尻目に丹波くんはスマホを性懲りもなく弄っている。


「めんめんごー、でもアホって2回も言うのはひどくね?」


 それからも私達は地形を弄り、気候や生態系のバランスを整え、それに適応するように個々の生命体は何パターンにも別れて進化する。本当に私達がこの世界を創り上げている。まるで神様にでもなったかのようだった。


 そして時を飛ばし飛ばしで進めることで幾億年か経ち遂に人間が誕生した。多分リアルタイムにして丸一日くらいしか経ってなさそうだがここまで発展する間の時間はとても濃く、そして目まぐるしい。




「これが人間?」


 誰かが言った。アードの画面にみんな集まり、そして誰もが驚くような光景が目に焼き付いた。私達は急いで地上へと降りた。


 姿形はまるで私達と一緒だった。原始人。衣服も衣食住も然程変わらない、私達が本や小説、映画などで見たことのあるおなじみのご先祖様であった。


「本当に人が出来ちまった」


でも私達の世界には無かった信じられないものを見た。


「こいつ等……指の先から炎を出してないか?」


 不思議な能力を使う彼らは人間と言う枠組みを逸脱していた。夜のだだっ広い平原に明かりぽつぽつと灯り始める。山火事ではない人工的な明かり。火打ち石なんて使わず感覚的に火を指先から出して焚き火をしている原始人。何かの肉を炙り彼らはお腹を鳴らしながら焚き火を囲っている。


「僕ら人類ががここまで進化する過程をすっ飛ばすような事をしてるよこいつら」


 呆れた様子で私達も火を囲って座る。ゲームだからと言ってもこんな風に人間に不思議な能力が備わるものなのだろうか。だとしたらより早く進化して文明が出来る可能性が高いような気がする。けど争いが起こればより早く絶滅に瀕するのかな。


 そんな事を考えていると彼らの一人と目があった、気がした。実際には見えていない。地上世界に降りた私達には実体と言うものが無い。そして私達はこの世界に間接的には干渉できるが直接の干渉は出来ないようになっている。


「これ魔法だよな!? 魔法がある世界ってすげぇーーーー!!! オレっちも使えっかな!? てか俺っちのこと起こしてくんないってどゆこと!?」


共有ルームから転移してきた丹波くんが私達の方に駆けてくる。


「無理だ、と言いたいが実際に使える。って肩組むな、暑苦しいしウザいんだよ」


興奮した様子の丹波はあっちこっちへと跳ね回って少し五月蝿い。


「マジで使えんの!? やべぇ……やべぇな! なぁアードきゅん!」


「おう! こればっかりは丹波に同意するぜ! けどその呼び方キモいからやめろ」


この焚火は物理法則を完全に無視した不思議な力で作られている。


「魔法が使える……」


 魔法と言えば昔読んだファンタジーチックな小説を思い出す。空を舞い夜空にオーロラを掛けるような魔法使い。魔法使いの日常生活は面白おかしく描かれ、豊かな毎日を自由気ままに過ごしている。放浪している魔法使いは美しい唄と共に人々の心を奪って去っていき、定住している魔法使いは人里にイタズラを仕掛け住人を怒らせ逃げ回る、各地の魔法使いが世界を魔法でかき乱すそんな愉快な話だった。


「静海も魔法に興味あるの?」


「はい、こんなにも高揚したの久々ですよ。しかもファンタジーが融合したゲームなんてとんだサプライズですよね。私も使ってみたいなぁ」


「そうね」


イオさんは直ぐ興味を無くしたように見えた。


「あ、あのイオさんは楽しいですか?」


「私も面白いと思うわよ、この世界は」


 面白い。それだけ言ってイオさんはスマホをタップし帰っていった。去り際に振り返って残した言葉に温度を感じず心がざわついた。


原始人達が寝静まったので私達は共有ルームへ戻り暫くゆっくりしていた。


 みんなそれぞれ好き勝手に過ごしている。私も地上の様子を端末で確認し、観光のような事をしていた。


「アードきゅんって中学生なんでしょ? 結構時間経ってるけど平気なん?」


丹波の何気ない一言で私達はお互い見合わせる。


「あー、確かに。そろそろ抜けないとな。兄ちゃんに連絡取ってくる」


 そう言われればかなり時間が経っている気がする。若者がゲームにのめり込んでしまう理由が何となくわかった。けれど日曜日だからといって現実世界の私はお腹も空いて喉も乾いてるだろうしお風呂もまだ入ってない状態でずっとゲームをしているのは乙女としてどうなんだろう。


「じゃあ私もそろそろ……あれ?」


でもなんだか妙だ。私が家に帰ったのはいつなのか思い出せないことが今更になって気がかりになる。


「どうやって現実世界に戻るんだ」


 イェンが端末を弄るのを辞め、誰に向かってか一言発した。


 そうだ、戻り方が私達に知らされていない。そもそもどうやってここに来たか覚えていない。何故かたった数時間、あるいは数十時間前の出来事が頭からすっぽり抜け落ちている。


「え? もしかして俺っち達帰れない系? 冗談っしょ」


 腑抜けた声を出した丹波くんは直ぐにスマホに飛びつきあわあわし始める。私もこのゲームからの抜け方を探すために主催者へ連絡を取ろうとした。


けど林堂くんの一言で私達は手を止める。


「ゲームから抜けるとか何を言ってるんだ君等は?」


林堂はよくわからないといった表情で私達を見ていた。


「どういう事なの」


イオは林堂を睨みつけて問いただすと林堂は不機嫌そうな顔で言った。


「僕に切れるなよ……僕らはここへ転移したんだ、元の世界とは別世界のここへ。君等はそれを承知の上で来たんじゃないのか? それとも物覚えが悪いのか?」

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