第4話

 私がフィーと出会う前の話。


仕事帰りの夜、終電に間に合い自宅の最寄り駅から家路を辿っていた時だった。スマホに着信が入りこんな時間に誰だろうと画面を覗き見ると非通知だった。出るつもりはなかったが手元が狂ったのかそれとも誰かに操られていたのか、誤って通話のアイコンをタッチしてしまった。仕方なく「もしもし」と相手に声をかけると「ゲームはお好きですか」と言われた。若い、恐らく私と同じ歳ほどの男性の声だ。今時イタズラ電話かと思い耳にあてたスマホを離して切ろうと通話終了ボタンをタップする直前だった。


「現実を忘れてゲームをしませんか? 」


会社での激務による疲労、独り身である寂寥感、何時になく私にお金をせびる母親、もう26歳なのだから結婚しろと喚き立てる祖母。ストレスで限界だった私は正常な判断が出来ていなかったんだ。話を適当に聞き考え無しに承諾した私は実に愚かだったと今でも思う。


次に口を開いた時、無意識に「はい」と答えていた。


「契約成立です。では後ほど会いましょう。プレイヤー」


無機質な声はやけに頭に響いた。




 あれ…何してたんだっけ。通話が切れた後のことがさっぱりわからない。確か帰り道だったはずだが地平線すら見えないほどのだだっ広い真っ白な空間に私は佇んでいた。周りにも同じ様に性別、国籍、年齢すらバラバラで纏まりの無さそうな面子が目を白黒させている。

 

 状況の判断が付かずじまいではと隣の人に話しかけみようと思ったが、日本人じゃ無い様で相手も口をムニムニとさせ無理そうだと悟って去っていった。なんとか日本人を探さなきゃとキョロキョロしているとあちこちで馴染み深い言語が聞こえてきた。でも喋っているのは日本人では無い。それにあちこちどころか全員日本語を流暢に操っていた。


「日本語喋れるんですか!?」


 私は近くで喋っていた人に尋ねると訝しげな顔で「俺はロシア語で喋ってるんだけど。それにしても君、発音上手だね。日本人だろう?」と返された。


 色々な人に話を聞くとそれぞれの言語が母語へと変換されているらしいことがわかった。学校のクラス一つ分の人数程だろうか。それだけいれば騒がしくなるのは当然で、ただこの状況を楽しんでいる人がいれば巫山戯るなと大声で何者かに叫んでいる者もいる。


 すると突然、私達の頭上を囲うようにモニターが現れた。何だなんだと騒いでいなかった人達も混じってより一層煩くなる。そして、パッと付いたモニターにはヨレヨレの草臥れたスーツを着たサラリーマンが陰気そうな顔で見下ろしていた。


「皆さんこんにちは。本日はわたくしのゲームにご参加いただき誠に感謝しております」


電話での無機質な声の主はこの人物だった。


「どうかわたくしの事は主催者とお呼びください」


ざわざわとする中一人の参加者が手を挙げた。


「主催者質問がある」


しかし主催者は彼を一瞥もせずに淡々と話を進め始めた。


「それではこのゲームの説明を致します」

「お、おい! 質問があるって言っただろ!」


男は叫ぶがそれすらも無視され舌打ちをして黙り込んだ。


「貴方達が参加したこのゲームでは自身の肉体を使って遊ぶ事が出来ます」

「それって危なくねー?」


軽薄そうな声で誰かが言う。


「貴方達は多くの不安要素が浮かぶでしょう。もちろん説明は致します。ですが今ここでお伝えはしません。後ほど規約を記載したメッセージをあなた方が持っている端末に送りますので確認のほどをお願いします」


多分録音した動画を垂れ流しているだけなのだと勘づき始めている人がチラホラといたが金髪の前髪を分けた男は「おいおーい、何オレっちのこと無視しちゃってんのー?」とまだ話しかけていた。


「アホかお前は、これが録画だってわからないのか」


えっ?みたいな反応をしてるので真面目に分かってなかったみたいだ。


「では次にこのゲームの趣旨を説明致します。まずこれをお見せします」


するとモニターにはポップ調の丸々としたデカい平仮名で”このせかいについて!”と描かれ、その文字の下には地球が宇宙空間に佇んでいた。


「皆さん恐らく勘違いすると思いますので先に言いますがこの惑星は地球ではありません。貴方達に今からこの惑星に行き運営してもらいます。規模の少しでかい箱庭ゲームだと思ってもらって構いません」


「運営をしろって言われてもどうしろってんだよ」


先程話したロシア人が独りごちる。


「生命体を作るところから始めてもらおうと思っています。ただ彼らが進化する過程はあまりにも長く退屈でしょうから時間を飛ばし飛ばしである一定の進化まで行ったら時間の流れを元に戻します」


テロップを映し出した映像は子供でもわかりやすく”すぴーどあっぷ!”と書かれている。


「それでは早速4つの派閥に別れて準備してもらいます。こちらでリストは作ってありますので、今から端末に送信します。どうぞメッセージを開いてメンバーを確認してください」


スマホに一斉に通知が入りポケットからは様々な通知音や音楽が騒々しく鳴り響いて異常な光景が広がっていた。スマホの通知をタップすると規約の書かれたメッセージと共にメンバーの名前が並んでいた。


オリバー・アード

フェイロン・イェン

林堂直人りんどうなおと

丹波優たんばゆう

イオアンカ・レヴォネフスキー

相場静海あいばしずみ


日本人は私含め3人。


一つの派閥に大体6から8の人が割り振られた。


 がやがやと同派閥の人を探し始めるのでその中で該当する人の名前を聞き逃さない様に耳を立てた。でも一向に同派閥の人間を見つけられず辺りは喧騒にまみれる。すると制服を着た高校生の少年が言った。


「君らは馬鹿なのか? 代表者を決めてさっさと顔合わせをしたらどうかと思うんだが」


 視線は彼に集まり不機嫌に顔を歪める人も入れば黙り込んで恥じる人もいる。彼はこの場の全員を見下す様に言葉を放ち、眼鏡の奥の鋭い目でひとりひとりを射貫くように睨んだ。確かにこの子の主張もっともだがこんな状況では冷静さを欠いてしまうのは仕方がない。けどその甘えさえも許してくれなさそうな性格だ。


「僕は林堂だ。早く集まれ」


 林堂直人だろうか、私と同じ派閥の人かもしれないけど出来れば、別の林堂さんがいないかなと思った。


「これで全員か」


そんな都合の良いことも無く気の強そうな高校生の派閥に入ることになった。


「皆さん顔合わせが終わったようですのでこれからは共有スペース、若しくは個人ルームでお過ごしください。では良い世界を」


 モニターからは目を閉じないと失明してしまうんじゃないかと言うほどの光量が注いで思わず目を瞑る。

「うわぁ!」とか「目がぁ!」なんて叫び声がどんどん遠退いてすっかり消えた頃に目を開けると先程いた空虚な部屋とは違った広いリビングに私達は立っていた。四十畳もある広々とした部屋にはソファーに長テーブル、そして50インチ程のテレビ、それ以外には何もない。


「チッ……クソったれが、もっとマシな移動のさせかたは無かったのか」


 切れ目の中華圏の顔をした男が苛立ちながらソファーにどかっと座った。それに伴いテーブルを囲うソファーにそれぞれ腰掛ける。私も広めのソファーに座ると隣にくすんだ金髪にダボダボのシャツ、半ズボンとラフな格好の男がわざわざこちらに来て詰めるように座って来た。


「俺っち丹波 優、よろしくねおねーさん! いきなりだけど彼氏いる? おねーさん可愛いからいそうだよねぇー」


 ピアスを何個も開けているのか耳が銀色にギラギラ光っている。私は怖くて返事が出来なかった。元々女子校女子大と女性しか居ない環境で過ごしてきたので男性に全く免疫がなかった。ただ理由はそれだけでは無い。この男は多分あまり良い人では無さそうだ。言動から滲み出ているなんとも言えない感じ。世間一般で言うチャラ男とカテゴライズされる人種。逃げたいけど足が震え、口の中も乾いて軽く昏倒しそうになった時腕を引かれて席を立たされた。咄嗟のことで転びそうになった時に柔らかな感触が顔を襲った。


「ナンパするのは辞めな。ここは盛り場じゃ無いんだよ」

「ヒューかっけぇー。お姉さんもなかなか美人よなぁ。なんつうの? 綺麗系って感じ?」


上から響くのは芯の強い女性の声で顔を上げるとスラブ系の顔立ち、私よりも10cm程背は高く多分170cm以上はある。金色のウェーブがかかった髪を肩までおろし、おでこを広々と出してハリウッドに出ていても不思議ではないオーラを醸し出していた。ずっと埋めているのもおかしくさり気なく離れると繋いだままの手を引かれる。


「こっちにおいで」


そう言われ向かい側のソファーに連れられ座った。


「あ、ありがとうございます」


そう言うと満足そうな笑みをし、咳払いをした。


「私はイオアンカ・レヴォネフスキー。イオでいいよ。君は相葉 静海でいいんだよね」


なんで私の名前が? と思ったが日本人の名前は出揃っていたのを思い出し成程と納得した。


「ごちゃごちゃ煩いな。もうゲームは始まってるんだ。ルールブックを開いて役割を決めさせろ」


林堂直人が仕切る形になったが個々が強いせいで中々纏まらず話は続かない。


「そこの坊っちゃん、お名前教えてーなっ」

「うざっ」

「えっ、ドイヒー! アメリカっ子は怖いね―」

「僕に話しかけんな」


多分この嫌悪感を全開にしている男の子がオリバー・アードなのだろう。この子もブロンドヘアーでオールバックスタイルと裏腹に如何にも優等生の様なYシャツ、その上にベスト、そしてスーツパンツと子供らしさのない格好だ。


「それより、あんたがイェンだろ? もしかしてしょーりんじけんぽーとかできんのか? 中国人だろ?」

「……黙ってろクソガキ」


心底嫌そうな顔をしてオリバーを人睨みして追い払うのはフェイロン・イェン。中華系の顔立ちで入れ墨が顔にいくつかあり、細身にピシッとした真っ黒なシャツの隙間からも悍ましいくらい覗かせている。雰囲気からして漫画でしか見たこと無いがマフィアっぽい。


「いい加減にしてください」


わちゃわちゃと騒いでいるとぴしゃりと一気にこの場の空気を変えた。


「しらけるわ―、ねえしずちゃん? あっ、しずちゃんって呼んじゃって良い?」


相変わらずの丹波は懲りないのかまだ私に構ってくる。しつこい奴だが少し空気が元に戻ったので安心する。


「しらけるのはどっちだチンピラ。面倒な話は全部端末に送るからここでは簡単に僕らの方針を定める。異論は?」

「……無い」

「特に無いわ」

「はいはーい、男女交際はアリですか―?」

「異論じゃなくて質問だろ。バカなのか?」

「わ、私も無いです」


一人を除いて問題は無さそうだ。


「この端末はスマホと変わらない見た目だがほとんどの機能はもうここでは普段使っていたようには使用できない。僕らの元々の持ち物だっただろうけど少し機能が追加されていることがわかったから説明する」

「ふぅん、それってこのゲームをするのに関係あるの?」


イオは頬杖をついて興味無さそうにスマホを弄ってるが指の動きが忙しない。多分スマホのアプリで遊んでいる。


「大いにある。追加された機能は地上世界での事細かなログを保管するストレージ、端末からの遠隔監視、ポイントでの資源や物の購入機能、そして世界を構築するのに必要な権限、その他様々だ。各々で確認するように」


スマホをつけて見ると知らないアプリや機能がごちゃごちゃと乱雑に置かれていた。


「てか何でスマホでやんなきゃいけないんだ? 直接地上に降りて作ればいいじゃん」

「今から説明する。基本的にはスマホで世界を創造するゲームだが特定の条件を満たせば地上に降りて影響を与えることが出来る。それも知的生命体が出てくるまでは解禁されない機能だ。まあ観光程度ならばルールに反しないらしいが」

「お前やけに詳しいな」


 イェンが突っかかるのも無理はない。この部屋に着いてからまだ数分も経っていないというのに動揺することも一切なく情報の精査も早い。


「……まあ僕は君たちと違って要領が良いからね」


林堂はソファーから立ちスマホを私達に見せつけるようにして弄る。


「ここで話しをしてるのも無駄だ、だから実際に地上に降りてから話す。このdiveと書かれてるアプリをタップしろ。僕は先に行ってるよ」


そう言ってザザッと林堂の身体にブロックノイズがかかり目の前から消えた。

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