第3話
「こんばんは、相場さんに選ばれし勇者さん」
突如声がかかりフッと何も無いだだっ広い真っ白な空間に移動させられた。状況の把握が咄嗟に出来ず視線をうろうろとさまよわせてると隣に女神様が険しい顔をして頭上を見ている。歪んでいても綺麗な顔だ。
「昨日ぶりですね」
声のする方に目を向けるそこには一枚のスクリーンがあり、ヨレヨレの燕尾服の様な格好した眠たげな目をしてる男が私達を見下ろしていた。
「誰?」
「このゲームの主催者よ」
このシュサイシャと言うものに怒っているのか繋がれた手に力が入れられ痛みが走る。
「アードを誑かしたのは貴方なんですか」
「いいえ、私はあくまでもプレイヤーに干渉はしない主義でしてね。アードさんがあの様にして脱落してしまったことはとても残念だと心から思っておりますよ」
平坦で抑揚の無い喋り方をしてるシュサイシャは不気味であやつり人形なんじゃないかと思わせる。
「でも例外がありますよね」
「そうですね、強いて言えば相場さんの様なイレギュラーかつ違反者に対しては少し措置を施さなければならない。そんな話でしたね」
そう言うと私達の目の前に透明のスクリーンが投影された。
「条約、お読みになりますか? 貴方のせいで少し改稿したんですよ」
「いいえ、結構です。こんな事もう無いはずですので」
そうですかとスクリーンは消え再び主催者と呼ばれる男は同じ様にスクリーンを出した。そこにはルール違反及びそれに伴う罰則と書かれいる。
「地上に降ろされる以外の罰則とはなんですか」
「そうですね、貴方がポイントで獲得した能力の没収、それにプレイヤーとしての権利を剥奪。言わばこの世界の住人への降格ですかね」
地上、 ここは天上の世界なのか? 女神さまと長い間あのスノードームでしか過ごさず、女神様もあまり自分自身やこの世界のこともお話にならなかった。
「まあですが貴方は少し……いえ、かなり面白い存在に昇華しました。地上の人間と長い間接触したお陰でしょうかね。それともその隣の方の……」
女神様が値踏みをされるように見られているのに腹が立つけどここで暴れても無益な事くらいはわかっている。多分あのアードとか言う神の前でも耐えれば良かったんだ。そうすれば女神様も怒ることはなかった。
「本来は先程述べた罰則を与えようと思いましたが気変わりしましてね、これから貴方を経過観察させてもらいます」
「待ってください。全くもって話が追いつかないんですがこのままゲームを辞退して降りるという話はどうなったんですか」
「試験的に地上で過ごしながら独立した派閥として、5つ目の派閥のリーダーとしてゲームを続行して下さい」
それはつまり多対一をしろと言うわけだ。
「無茶よそんなの……」
すると私を見てシュサイシャがこう言った。
「フィリス・マイス、貴方にもこのゲームへの参加権、プレイヤーへの昇格する権利を与えましょう。これは異例ですよ」
プレイヤーへの昇格? こいつの言っていることがよく分からないが女神様の助けになれるんだろうか。こんな何も力のない私に何が出来る。
「フィーを巻き込むのはやめてください!」
「巻き込まれるかは彼女自身です。それに相場さんも彼女を傍に置いておけますよ。他の派閥に渡すのなら別ですが」
悩むことは無いんじゃないか。私の手を握るこの女神様とまた一緒にけーきを頬張って穏やかな日常を過ごせれば戦う必要なんてない。参加ふりして逃げちゃえばいいんだ。
「参加させて、そのゲームに」
「相場さんが彼女に渡した恩恵はそのままにしましょうか、しかし不老不死とは生命に対する冒涜ではと思いますが、 そうでしょう相場さん?」
「それは……」
バツが悪そうに目を伏せてる女神様はなんだかちょっと子供っぽくて可愛い。
「派閥の神とコンタクトは取れないと書いてありますがこの措置に意味はあるんですか」
悩むように顎に手を当て考え込むシュサイシャ。
「貴方は駒です。プレイヤーに意見する自意識を持った駒の存在を知られればクレームが来てしまいますよ」
駒か。私たち地上の人間を駒としてしか見ていないのか。それには少し苛立つ。
「仮に貴方が共闘しようとコンタクトを取っても彼らは頷きませんよ。同派閥であっても」
「何故言いきれるんです」
「貴方は自身が特異な体質を持っているのは理解していないでしょう。一部の方からしたら目障りでしょうし役に立たない」
「特異な体質? それって何ですか」
「それはお教え出来かねますね。しかし強力でしょう。特にフィリスさんといる時のみですが」
「そうだ」と思いついたかのように指を立て私にほくそ笑んだ。
「フィリスさんに一つ能力を進呈しましょう。貴方が使っていた神殺しの短剣を差し上げますよ。何回でも使えますから存分に振るってあげてください」
カランと地面に落ちたのはアードを殺すのに使った短剣だった。
「このゲームの勝者になる事を楽しみにしていますよ。では」
そうしてまた景色が変わり地に足が着いたと同時に私達は路地裏に立っていた。
「今度はどこよ……」
「ここって……」
この辺りは来たことがある。酒場の近くで呑んだくれの酔っ払いが取っ組み合いの喧嘩をしている。過去に事故で死人が出て以来国が立ち入り禁止にしたが戦争が始まってからは浮浪者や隣国の騎士団の溜まり場になっている。そして、私が先日殺された場所でもあり、ここは不味いと思い一先ず女神様を連れて出ようとした時だった。
「あぁ、こんな所に女がいるじゃねぇか。お前ら!」
「おう!」
遅かった。後ろにいた騎士団の男達が女神様の腕を引っ張り壁際に押し付けて身動きを取れないようにしている。
「い、いや! やめてください! 」
「やめろ! 女神様に触るな!」
私は押さえつけている男の腕を思いっきり引っ張る。
「おい、腕引っ張るなよ。お前にも後でヤラせてやっから急かすな」
「え? 引っ張ってないっすよ」
「あ? まあいい、ヒュー、こんなべっぴんさん久々だなぁ。2年前にノコノコ釣られてきた頭の弱い女もなかなか上玉だったがこいつはその上を行くぞ」
2年前と言う単語を聞いた途端女神様は目を見開いた。聞いて欲しくない、そんな顔だ。
「えぇー、先輩そんな上玉とヤッたんすか。羨ましいっすねぇ」
「おう、赤っぽい髪でよ、この国出身だったな、んでなんか娘の為だか知んねえが涙流しながらモノを咥えこんでたぜ。ありゃ最高だったわ」
こいつら日常的にこんな事をやってるみたいだ。この国の国王や騎士団は使い物にならない所為でここまで腐った連中が蔓延っている。
「ほー、その娘っ子も中々上玉なんじゃないっすか? 名前覚えてないんですか?」
「名前? 覚えてるわけねえだろ……いや待てよ、確かアリーナ? いや、アリアナ、そうだアリアナだ! 良い女だったぞ。 まあ廃人になってつまんねえから輪姦した後で殺しちまったがな。ははははははは」
聞き間違いだって思いたかった。確かにお母さんはこの国、リディア出身、綺麗な赤髪をしていた。いつもお父さんの帰りを待てなくなって泣いている私に「しっかりしなさい! いつまでも泣いてたらお父さんが帰ってきた時に流す涙が枯れてしまうわよ!」と叱って泣き虫な私の根性を叩き直してくれていた。今なら分かる、お母さんなりの優しさだって。今なら分かる、女神様の流す涙の意味。今なら分かる、私は此奴らを、この屑共ここで殺さなきゃならないって。
「ああああああああああああああ!!!!!!!」
目先にある騎士団の帯刀している剣を抜き取り女神様に覆いかぶさっている男の胸に向かって突き刺した。
「てめぇ!!! 何しやがんだ!!!」
だが男が身動ぎした為上手く刺さり切らず男は激情して拳を振るってくる。
「フィー!!」
目の前で腕をクロスし目をつぶって衝撃に備えた。
バキッ! 骨が砕ける音がした。
ただそれは私では無く私の後ろにいた騎士団の男の顎が砕ける音だった。
「あがっ……ち、ちがいま、け、剣がかってに、や、やめてくだ」
「てめぇ俺の背中に剣突き刺しやがって!!! おめえら! 俺の剣を寄越せ!! こいつに礼儀ってモンを教えてやる!!!」
確かに私は視覚外から刺したけど振り向いて私を無視するなんてこと有り得るのか? 可能性があるとすればだが見えていない? こいつら全員もしかして私の事が見えていないのか? ならばと試しに騎士団の一人の足を蹴って転ばしてみた。
「うおぁっ」
「何やってんだお前」
「はあ? お前が足掛けたんだろ! 惚けんな!」
バタッと倒れた後、隣の仲間につっかかっている。これは一体何なのだ。壁にへたりこんでる女神様を見ると女神様も驚いて口を開けたまま固まっていた。ならばもう少し試そう。
「こっちを見ろクズ共!」
大声で叫んで見て奴らの様子を見るが誰一人としてこちらを向かない。どうやら声も届かないらしい。それなら勝機はある。揉めている騎士の剣を抜き取り足に突き刺す。
「ぎゃァァァァァア!!!」
悶え苦しみ一人ダウンさせることが出来た。
「なんだ……どうなってやがんだよ。おい! ロイ! 周囲に気を張れ! 得体の知れね奴がいやがる」
「張ります! ……右にいま、あグッ! あ、足がァ!!!」
場所を把握されても足元はお留守だ。脚に今度は短剣で一刺し。これで動けるのはガタイの良い筋肉質な騎士だけ。対峙しただけで分かるが相手に見えてなくてもあの太い腕がぶつかったら昏倒するのは想像に難くない。一か八かで短剣を投げるか? でもそんな筋力は無い。考えあぐねいていると騎士の方から動いた。だが私とは逆方向に走った。
「チィっ、クソッタレが! 魔族か? だったら分が悪りぃな……上の連中に知らせねえと」
逃げようとする騎士を追っかけようとしたが足が速い奴だ、路地裏から大通りに向かって消えていく。すかさず遅い足で追っかけようとしたが腕を取られ私は邪魔された。
「止めないでよ女神様!」
あいつだけは殺さなきゃ。あいつはお母さんの敵だ。
「落ち着いてフィー!!」
女神様が叫ぶ。乱暴されていた彼女のことをほったらかしてでもあの騎士だけは逃がしたくなかった。
「それ以上追いかけたら今度は本当に逃げられないわ。よく考えてフィー。ここはもう私の派閥で管理してる国じゃない。貴方が私を置いてしまったらゲームオーバーなの」
「でもぉ!!お母さんの敵が!!!」
「次にあったら私が討つ」
「女神さまがそんなことする必要ないじゃん!」
「私には責任がある! 私が見殺しにしたから! この国が腐った理由が私だから!……だから私が殺る。これは私の責任なの」
この国の情勢が悪くなったのは戦争が始まってからだ。でもそれは女神様が自ら進んでしたことじゃない。何万もの人間を管理することが簡単に出来る女神様だって最初は思ってた。けどこの女神様は、この人は穢れのないか弱い人間だった。私だって人間だ。でも私とは違う世界を見てきて、感じてきて、それでもなお私の様なちっぽけな存在に手を差し伸べてくれた。この女神さまに手を汚させたくない。これは私の女神さまに対するたった一つの我儘だった。
「だから、ね? 一旦ここを出て何処か安全な場所に行きましょう?」
だから今はこの人に従う。
あいつを殺すのは私だ。
そしてこの国を出て二人で穏やかに暮らそう。
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