第2話

「おっ来たか」


扉を開けると明かりのついた玄関に見知らぬ私より少し背丈の低い男の子がいた。


「誰?」

「僕はお前の新しいご主人様のアードだ。勇者であるお前を管理しに来たあの女神に代わる神様だよ」


勇者? 魔王を倒すという強く人類最大の希望である最強の人物だ。でもここにはそんな人はいない。それに神様がもうひとり? でも、それより女神様は何処にいるのだろう。


「ねえ、女神様は?」

「女神ぃ? あいつは前から何もしてなかったし約立たずで使い物にならなかったから外したよ」

「何言ってるの? ねぇ女神様は何処なの?」

「はぁ、こんな馬鹿で使い物にならなそうなガキを勇者に選んだあの女神は本当とんだボンクラだったな。大体転生者と間違えるとか目腐ってんじゃねえのか」


態度を急変させ、女神様を悪く言うこの男の子は何だか怖くて近寄り難く、喋ってるだけで威圧感があった。この人は優しくない神様だ。


「お前に今から幾つか能力を渡す。こっちが決めた魔王を打ち倒せる位の能力だ。それで戦って来い」

「戦う? 私そんなことした事ないよ?」

「それをする為に能力与えるって言ってるんだよ! お前本当にバカなの? 何度だって死んでも生き返ることが出来て歳も取らないお前はゾンビアタックでもすれば勝手に経験を積んで馬鹿でも強くなれるんだよ!」


歳を取らない? それは初耳だった。確かに2年前から私の成長は止まっていて両親は成長期が早めに終わってしまったんだと言っていたのでそういうものなのだと思っていたが。


「そのなんにも分からなそうな顔見てるとイライラするんだよ。いいよ教えてやるさ、あの女神はお前に何も教えずただ人類が衰退してくのを見てただけのクズ野郎なんだよ。お前もわかるだろ? 国がどんどん疲弊して秩序なんてものはとうに瓦解した無法地帯。お前の母親は騎士団に犯され散々玩具にされた後、ゴミみたいに捨てられてくたばった。お前の父親は魔王軍との戦いで腹を切り裂かれ内蔵を零しながらも必死に剣を振るって、結局息絶えてその戦いは惨敗。他にもお前の近所にいた兄のように慕っていたガキは強制労働をさせられろくに飯も食えずくたばってたなぁ。後は……」

「やめて!!!」


そんなの嘘だ。こいつはきっと嘘をついているんだ。お父さんが帰ってこないのはまだ魔王軍と戦ってるだけ。お母さんが行方が未だにわからないのは何処かに出稼ぎに行ってるだけ。リフィルお兄ちゃんが最近居ないのは住み込みで城壁を作っているだけ。全部全部こいつの嘘だ。女神様を隠したのもきっとこいつだ。こいつが悪いんだ。


「本当に女神様が私に黙ってただけなの」

「だからそうだって言ってんだろ。あいつはやたらとこのゲームをやめたがってたからな、興味が薄れたのかお前に情でも移ったのか言わなかったんだろ。まあ真実を話したところで周りの人間をお前みたいな雑魚が救えるとは思えないし救う価値も無いゴミばっかだからな。はぁー、今更お前を使ってもこのゲームに勝てるかわかんねえけどどうすっかなぁ」


キッチンの冷蔵庫を開けゴソゴソと食べ物を漁り、女神様がこの間くれた残りのしょぉとけーきを鷲掴みで食べていた。


「ねえ、その能力ってやつ、私に頂戴」

「ん? 何? 戦うの? いやまあ今の余った戦争ポイント全部注ぎ込めば逆転できるか……よし、能力を幾つかリストにしたからこっから触って選べ」


女神様が持っているスマホより大きいボードを渡された。表面には文字と数字が書かれている。多分これが選べる能力なのだろう。


「上にポイント……っていっても分かんねえか。まあこのボードを触っても音が出なくなったらそれ以上取れないってことだ。上か下に指を動かせば他にも見れるから」


その中に私が欲しい能力はただ一つだけだ。


「神様を殺したい」

「は?」

「女神様を殺すための力を頂戴」

「……お前正気かよ、そんなもんある訳な……って、あんのかよ、有り得ねえな」

「それ私でも使える?」

「使えるには使えるけど全ポイント消費か。まあ面白そうだし今回は負けを認めてエンドゲームまでの暇つぶしには丁度いいや。ほら受け取れ」


体に淡い光の玉が当たり手には真っ白で綺麗な花の装飾が施された短剣を握らされていた。


「これで神様を殺せるんだね」

「一回きりだけどな。女神様呼んでセッティングしといてやるから待ってろよ」


そう言ってアードは手に持った女神様も弄っていたスマホという物を指で触っていた。私は自然と頬が緩んでしまいつい鼻歌を唄ってしまう。女神様が教えてくれた曲だ。


「お前なんで夜想曲知ってんだ? てかそんなに殺すのが楽しみなのか?」

「うん。とっても楽しみなの」

「気持ちわりぃな……まあいいや、お前の憎き女神様とやらは多分数分経ったら来る。僕は上から覗いてるからな、じゃ」


そう言って後ろを向いたアードを呼び止めた。


「待って」

「なんだよ、まだ何かあんのか」

「うぅん、お礼が言いたくて。女神様も言ってたんだ、ちゃんとお礼しなさいって」

「はぁ」

「ありがとうね」


そう言って握った短剣を前に突き出した。


「は?……ああぁぁぁぁぁ!!!!何しやがるクソガキがあああああ!!!!!」


お腹に短剣を刺すと面白いほどずぷりと飲み込まれる。じわりと服の上から血が流れだしパニクって暴れている。


「神様も同じ色してるんだね」


刺した短剣を引き抜き肺の辺りに短剣を当て力を入れると沈み込むように入っていく。


「やめろ! やめてくれよぉ!!! 痛い! 痛いぃ! 痛いよおぉぉぉぉ!!!!」


煩い。胸部から抜いた短剣を今度は心臓に一気に突き刺した。


「うぐッ!……たす……け……て……にいちゃ……ん」


ごぽりと血を吐き出して死んだ。


刺さってい短剣は消えていて残ったのはこの肉塊だけだった。女神様が来る前に片付けないといけないけどどうしよう。ずりずりと腕をつかんで引っ張って放り出そうと玄関を開けると会いたかった女神様がいた。私は思わず死体から手を放し女神さまに抱き着いた。

「会いたかった、女神様」


ぎゅっと胸に頭を埋めると女神様は強く抱擁してくれてとても暖かく落ち着く。


「私も会いたかったわ。フィー? どうしたのその血は! アード!?……貴方一体何をしたの……」


血まみれの手を見た後、後ろに置いておる死体を見て女神様は唖然とした。


「フィー……どうして」

「ごめんなさい、女神様」


寒いのか女神様は体が震えてる。だから手を引いて扉を閉めた。


「いいえ、フィーは悪くない、悪くないの……」


コタツの部屋に行くまでずっと虚ろな目をしてブツブツと言葉を零している。座らせてからも尚自分の手を握って震えを抑えようとしていたので、私はキッチンにある魔法のポットを使ってお湯を作ろうとした。


(確かこのスイッチを押せば良いんだよね)


紅茶の茶葉を出しティーポットに入れてお湯が沸くのを待つ間、手に付いた血を洗い流してカップを2つ用意する。


カチッ


お湯が沸きティーポットに注ぐと香りが立つ。いつも女神様と飲んでいる紅茶の香りが私を微睡ませる。


コタツの上に並べカップに紅茶を注いでも女神様は覆った手を退かさず項垂れているのでそっと手に触れると女神様はビクリと肩を震わせ怯えたように私の目を見た。まるで化け物を見るように。どうして? 私は女神様に会いたかっただけなのに。女神様は頬を濡らしていた。その姿に私まで涙が出てきてしまう。


「女神様は私のこと嫌い?……怖いの? 私はただ女神様に会いたかっただけなのに……う、うああぁぁぁあああああん」


赤子のように一度泣いてしまうと止まらなくなって、不安が押し寄せる。

寂しい。お母さんもお父さんも私を抱きしめてくれる事は殆どなかった。いつも一人の私は凍える体を一人掻き抱いて衰弱していくのを待つのみだった。


「フィー……」


女神様の声は暖かい。この世で私を唯一優しく包んでくれる私の女神様だ。じんわりと溶ける氷解した心はまだ霜焼けでグズグズと顔を肩に押し付けた。女神様も私の体を割れ物でも扱うかのようにそっと抱きしめる。互いの体温を共有される感覚は心地が良い。


「ごめんなさい、フィー……辛かったわよね、何も教えなかったのは間違えだって薄々気付いてたの、でも言ってしまえば貴方が私から離れてしまうと思ったの」


女神様も私に会いたがっていた。独占したがっていたって事なんだ。


「わたしが貴方の事をこんなことに巻き込んでしまったから。こんなこと……させたくなかった」


こんな事って何だろう。そんなにアードを殺したのがいけなかったのか今頃になって不安になってきた。


「アードを殺してごめんなさい。でもアードが私に嫌な事をしてきたから……」

「ッ! 嫌な事ってどんなこと!? 体触られたりしてない!?」

「う、うん平気だよ」

「そ……うなのね。なら安心だわ」


私の体を気にしたのは何でだろう。怪我をしても死ねば元に戻るから平気だ。でも逆に女神様がアードに触られたりしたらアードを殺す。女神様が誰かに触られるのを想像するだけでイライラしてくる。


「私女神様と一緒にいる。私が女神様を守るよ」


「なんでこんなにポイントが? ログには……アード殺害によるポイント」

「ポイントって?」

「この世界の生き物を冒涜したような最低なポイント。あなた達からしてみればお金みたいなものよ」


 私の世界は何もかもが神たちによって作られ、あらゆる生物の営み、魔法技術の発展、経済活動、法、そして戦争。全てが遊戯の一環だったらしい。そうやってアードと女神様、それ以外の複数の神様達と緒にこの世界を運営していたそうだ。けどある日戦争が始まった。アードと女神様は同じ派閥で他の派閥の神と戦っていたらしい。

 そして先程言っていたポイントと呼ばれる神々の間での通貨は生物同士での闘いで産みださる。相手を殴っても蹴っても貰えるが瀕死にすればもっと、殺せば大量に獲得出来る。戦争なら莫大なポイントが発生してそれを神様達が自分たちの利益の為に運用する。私たちにはこのポイントは与えられないが私や他の生命体が稼げば知らずのうちに管理している神様に入る。だから女神様の管轄に入っている私がアードを殺したことによってポイントを獲得した。


「アードは女神様の派閥と一緒じゃないの?」

「私はこのゲームから降りるつもりだったの。だから派閥を抜け、本来なら私にはポイントは入らずに派閥内の他の神に渡るわ。でも浮いたポイントは私に入った。アード以外にも派閥の神はまだいたはずだけど……」


 難しい話はよくわからず、取り敢えず紅茶を飲んで欲しくて私はまだ一口もつけられていないカップを女神様の細くて白い陶器のような手に握らせた。けれど浮かない顔をしてる。きっとまだ喉元に引っかかるような事があるんだろう。入れすぎた紅茶を冷める前に減らすことは叶わなそうだった。

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