ムクチャカ村の村長-04(029)


 「良い人達、なのですね」


 パトラッシュは熱心にこの村の将来を語り合う2人の姿に、とても満足していた。


 端的に言えば、2人は村人を騙している。


 けれど、責任とけじめの為に村長の座を降りた男と、そんな友人のために立ち上がり、不向きでも村のトップを引き受けた男。


 2人はこの村のため、そして友のためにそれぞれを演じている。パトラッシュもそのような関係でいられるご主人様が欲しくなった。


「あの2人は、わたくしのご主人様になってくれるかもしれません」


 パトラッシュは意を決し、口を開いた。いつもの下手な猫真似で存在に気付いて貰おうとしたのだ。


 しかし、突然の騒ぎ声がそれを遮った。


「魔族だ! 魔族がきた!」


「助けて! みんな、みんな明かりをつけて家に!」


「ああ、ソルジャーはいないのか! 誰か、農具でも何でもいい、武器を!」


 屋敷の中にいた村長と元村長は、魔族の襲来を知らせる声にすぐ立ち上がった。部屋を出ると、元村長は手に斧を持って飛び出し、村長は裏口から通りへ出る。


「何があった! 魔族はどこだ!」


「ぶ、葡萄畑に!」


「何だと!? ……葡萄畑を守れ! 立ち向かえる者は、家畜を飼っている家の畜舎を!」


「皆! 講堂の地下室へ! 早く! テトラ、後は任せる! 俺は老人の避難を手伝わなければ」


「ああ、任せておけ! ジャビチュ、怪我人が1人でも出たら許さんからな!」


 テトラとジャビチュはそれぞれ手分けし、魔族との対決、住民の避難を進めていく。パトラッシュは魔獣であり、魔族に襲われる心配はない。


 そして、魔族を悪者だとも思っていない。魔族の血を引いていた前の主は「魔族は嫌われていなければならない」と言っていたが、会った事のある魔族は皆優しかった。


「村長とテトラさんって、あんなに対立していたのに……」


「え、ええ。テトラさんが村長を手伝ってる……いえ、きっとこれは明日の選挙へのアピールに違いないわ」


「でも、村長が任せるって」


「お前ら知らないのか? あの2人はかつて誰もが認める大親友だったのさ」


 戸惑いながらも2人に従い、村人たちは無駄なく避難と防衛を始める。人望のある村長と、指示が的確な元村長。こんな非常時にはなんとも頼もしい。


「魔族は、本当に悪い事をするのでしょうか。皆さん怖がっていますが、きっと思い違いをしているのです。分かり合えたらきっと、仲良しになれます」


 パトラッシュは今度こそ自分が正しい事をし、褒められ、認めて貰えるチャンスと考えた。


「そうですね、これしかありません。不幸を利用して心苦しいのですが」


 これで訪れた魔族を説得し、人族との懸け橋になり、名魔獣パトラッシュとなれる。そんな自分をこの村はきっと温かく迎えてくれる。


 壁に爪を立ててテラスに下り、雨どいから伸びた配管を伝って地面に下りると、パトラッシュは襲来した魔族を探して駆けだした。





 * * * * * * * * *





「いました!」


 子猫の軽いが遅い駆け足で、探し回る事数分。畑と畑の間の畦道を進んでいると、パトラッシュはようやく1体の魔族に遭遇した。


 頭は狼で、人族と同じ2足歩行。鋭い金の目と鋭い牙が恐ろしいが、同時に銀と白の毛並みが美しい。人狼という種類の魔族だ。


 パトラッシュは勇敢にもその前に飛び出て2本足で立ち上がり、頭を下げた。


「ごきげんよう。わたくし、パトラッシュと申します」


「あ? なんだ、魔獣の子か? 俺は今忙しいんだよ」


 魔族といえど、喋る言葉は同じらしい。パトラッシュは両手を広げて止まれのポーズをする。が、バランスを取れずに数秒で諦めた。


「あの、何か物入りでしたら、欲しいとお願いすればいいのです。無理矢理奪うような事はいけません。わたくしなんて、猫の真似をするだけで食べ物をいただけます」


「何を言ってるんだ。人族にお願い、だと? はっはっは! それじゃ俺達が怖がられも、嫌われもしないじゃないか! お前、おかしなことを言うな」


「わざと嫌われる必要などありません。分かり合えないのでしょうか」


 パトラッシュは間違った事を言っていない。


 魔族は話も通じるし、かつて主と魔族の地に行った時、そこにいた魔族の生活は人族と変わらなかった。ごく少数だが、魔族と交流する人族もいた。


 何故、この村に来た魔族は人族をわざわざ襲うのか。何よりパトラッシュは奪う、傷つけるという行為をどうしても許せなかった。


「人族を傷つけたり、物を壊したり盗んだり、それはいけない事です。どこの町や村も魔族とはそのような事をするものだと考えております」


「そりゃよかった。こうしてわざわざ来た甲斐があるってもんさ」


 人狼は怖がられ、嫌われると告げても嬉しそうに受け入れる。


「何故でしょうか、好かれようとは思わないのですか?」


「は? 俺達は魔族だぞ。人族に好かれてどうする」


「嫌われたいのですか」


「ああ。そりゃそうさ。……お前、もしかして使い魔か?」


「……元、使い魔です」


 人狼はパトラッシュの発言で何かがおかしいと思ったようだ。使い魔である事を見抜くと、1つわざとらしいため息をついた。


「お前、魔族に仕えていたなら分からねえか? それとも人に仕えたクチか」


「人として生きていた、魔族のご主人様でした」


「なるほど。それでそんなに物分かりが悪いんだな。俺達は怖がられ、嫌われるためにこうしてこの村を訪れている。それは分かるか」


「ええ、そのようですね」


「魔族はそれが何よりもご馳走、それは分かるな」


「それならば、別に家畜を召し上がる訳じゃないのですね。何故家畜を?」


 人狼はパトラッシュの問いかけに対し、また深くため息をついた。


「あのなあ。ただ驚かされるだけだと、次第に怖くなくなるんだよ。だからわざわざ弱そうな家畜を数頭だけ攫うんだ。面倒だがそうでもしないと憎んでくれない」


「つまり、みなさまは人族を怪我させたいのではなく、怖がって欲しい、憎しみを引き出したい、と」


「そう。俺達が人族の憎しみや恐怖を食ってやらねえと、それが今度は人族同士の争いに繋がる。見てみろ、村の奴らの一致団結を。何かに矛先を向けてねえと、平穏なんて保てねえのさ」


「そういうもの、でしょうか」


 人族を傷つけない、そしてこの襲来は必ずしも人族にとって悲劇ではなく、有害でもない。この世の中において、魔族はある意味人族の存亡に不可欠な存在なのだ。


「安心しろ、魔王様にも人族に怪我をさせるな、させるなら引っ掻き傷くらいってきつく言われてる。そうじゃねえと、後で人族のお偉いさんからドヤされる」


「人族の偉い方々は、魔族の皆様とそのようなお約束を?」


「ああ。人族の殆どは知らねえし、知らせちゃいけねえ。人族が魔族を恐れなくなれば、この世界が傾く」


 パトラッシュは人狼の言葉を聞き、それはまるで村長と元村長……ジャビチュとテトラの関係のようだと感じた。


 テトラが嫌われ、村長への忠誠と団結が生まれる。テトラがやっているのは、魔族と同じような役目だった。


「わたくし、本質を見抜けず、元村長を悪者扱いしてしまいました。そして、魔族の方々の事も、見聞きしただけの話で悪い存在だと決めつけていました……なんと愚かな」


「お、おい? 大丈夫か? とにかく俺は恐怖狩りツアーに戻るぞ」


 急にしょんぼりしたパトラッシュは、人狼が心配する声にも応えず、月夜の畦道をとぼとぼと歩き出す。


「ご主人様に、会いたい。こんな惨めな夜には、ご主人様に会いたくなります」


 パトラッシュは畦道の先にあった大木の根元に座り込み、一休みする。


 その姿は、心なしかまたひとまわり小さくなったように見えた。




【Ⅵ】ムクチャカ村の村長~Courtesy costs nothing~ end.

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