タリーア村の修道女-03(023)


「ですが、他の神様の存在を、認めていると」


「ああそうだとも。全ての神を取りまとめ、審判を下すのがフューラー様だ。そのフューラー様を信じなければ、どうして他の神の善し悪しを判断できるんだい」


 パトラッシュはアムナの言葉を聞き、ガッカリしていた。自分は救われるが、ご主人様はフューラーを信じる前に亡くなった。という事は、ご主人様は冥界という幸せではない世界に行ったことになる。


「フューラー様は、いったいどのようなお姿なのでしょう。この礼拝堂にはフューラー様らしき方の石像も、絵画もございませんが」


「お姿を像にする? 描く? とんでもない! フューラー様は気安く想像してはいけないんだよ!」


「見た目は分からない……もしも神様が現れたとしても、本当に本人か、どなたにも分からないのですね」


「………」


 アムナはパトラッシュの言葉に対し、何も言い返すことが出来ない。パトラッシュは、アムナに一度だけお辞儀をし、礼拝堂を後にした。





 * * * * * * * * *





 パトラッシュはポスト教、ジャンスター教、そのどちらも受け入れられず、モヤモヤとした気分のまま集落を歩いていた。


 信じなければ救われない。しかし、信じる機会もないまま死んでしまったご主人様は、一体どうすればいいのか。もしもイェーヴェやフューラーを知っていれば、信じたのかもしれないが、知らないものをどうやって信じればよかったのか。


 その答えはイリスもアムナも教えてくれなかった。パトラッシュは神様に会う事が出来るのならという条件付きで、自身だけではなくご主人様も救ってくれる神様がいいと考えていた。


「そういえば、この辺はやけに石像が多いですね。まるで教会で見た彫像のようです。アムナ様は神を気安く模すのはいけないことだと仰っていましたが」


 犬のようであったり、小さな人の形であったり、様々な石像が置かれた庭園が現れ、パトラッシュは興味本位で立ち寄る事にした。


 石畳の道が、石の門をくぐって何十メータも続いている。ひんやりとしたその上を、カチカチと肉球と爪の打つ音が続く。両脇の林を抜けると、急に視界が開ける。目の前には集落で見かけた祠をもっと大きくしたような建物が現れた。


 その周囲にはよく似た小さい建物が幾つも建ち並んでいる。小さい建物はパトラッシュ1匹なら入れそうだが、人族が体を入れるには小さい。


「おや、見かけない猫だねえ」


 玉砂利を踏む音がし、パトラッシュがふと振り返ると、そこには白衣に緋色の袴、白足袋に草履を履いた女性が立っていた。イリスよりは年上で、アムナ程の年寄りではない。


 白髪が少し混じった黒髪を後ろで1つに束ね、女性はニッコリと笑みを浮かべた。


「海神さまの祠に立ち寄るという事は、豊漁のおこぼれでも狙っているのかしらね」


 女性はパトラッシュを怖がらせないよう、距離を保ったまましゃがむ。普段着ではなさそうな服装と落ち着いた雰囲気に、パトラッシュは安全だと確信し、2本足で立っていつもの挨拶を行った。


「ごきげんよう。わたくし、ご主人様から旅をさせていただいております、パトラッシュと申します」


「あら、喋る事が出来るのね! まあ、神様の化身だわ!」


 女性は魔獣も精霊も知らないのだろう。驚きながらもパトラッシュに手を合わせ、何かを唱えている。


「あの、わたくしはわたくしでありまして、何かが化けた訳ではございません」


「という事は、神様の使いという事ですか」


「いえ、わたくしは特にお使いを頼まれてもおりません」


 パトラッシュは女性に対し、精霊とは何か、ついでに使い魔とは何かを説明した。この村で聞いた神様とは全くの無関係だと分かってもらうと、女性は少し畏まった雰囲気がなくなった。


「つまり、誰かさんの精霊さんで、精霊さんは何故だか分からないけれど、ご主人様に仕え、喋ることが出来るのね」


「ええ、そのようなものです。ところで、ここはどんな所でしょう? 普通のお家のようではございませんし、あなた様も修道女なのでしょうか」


「修道女とは違うかしら。ここは神社で、私は巫女。祈りを捧げ、神様を奉る儀式のお手伝いをしているの」


 やや説明が難しかったのか、パトラッシュは首を少しだけ右に傾ける。女性は少し笑って、いらっしゃいと手招きをした。


「本殿には許された者しか立ち入れないけれど、外から見るだけならご自由に」


「ご親切に有難うございます。ところで、入り口に犬やどなたかを模した石像がありましたが、あれは何でしょう」


「あれは神社の守り神よ」


「神社とは……神様のお家でしょうか」


「ちょっと違うかな。神様が力になってくれる場所、と言えばいいかしら」


 パトラッシュは、つまりここは教会や礼拝堂と一緒なのだと理解した。この神社と呼ばれる場所も、何らかの神様を崇める者たちのよりどころという事だ。


 周囲を林に囲まれ、社の周囲は屋外にも関わらずよく手入れされている。雑草の1つも生えていない。奥では似たような格好の巫女が箒で落ち葉を掃いていて、本殿の前では村民が手を合わせて祈りを捧げていた。


「失礼ですが、ここではどのような神様を信じておられるのでしょう。イェーヴェ様ともフューラー様とも違うようです」


「ふふっ、先にポスト教とジャンスター教の方に行ったのね。ここは自然の神様がいらっしゃるの」


「自然の神様? 大変申し訳ありません、わたくし自然ではない神様を知らないもので」


 巫女はまた少し笑い、人ではない神様だと説明した。


「一番大きな本殿には、全ての神様が集まるの。周囲の小さなやしろには、火、水、土、風、それに豊穣、海、空、色々な神様が祀られているの」


「失礼ですが、神様にお会いしたことは」


「会った事は無いわ。神様は見えなくてもそこにいるの。雨が降らず大地がひび割れる時は神の怒り、実り多き秋には神の恵み。私達が清く正しく、感謝を忘れずに生きていけば、恵みをもたらしてくれる。そう考えているのよ」


 イェーヴェは唯一の神、フューリーは全てを統べる神。どちらも人である。だが、ここではどうやら神様は人ではなく空気だったり水だったり、そこにある物のようだ。


「お水や、風などが神様そのもの、という事でしょうか」


「そうね、そういう考え方が一番素敵ね。あなたも、その他の皆も、水や風の神様に守られているのよ」


「わたくしのご主人様は、生憎ですがそのようなお考えを知りませんでした。それでも守っていただけるのでしょうか」


 巫女はパトラッシュが何を心配しているのか、分かっているようだった。信じていない者は救われないのか。そう考える者はとても多いのだ。


「もちろん。風、水、それらを疎かにせず、大切にしていたならそれで十分よ。言ったでしょ、神様はそれらそのものだと」


「ご主人様は畑も、水も、小さな火も大切にする方でした」


「そう、それならきっと自然の加護があったはずよ」


「信じていなくても、冥界に落ちたりはしませんか」


 巫女は首を横に振り、パトラッシュを優しく撫でる。


「人が冥界……私達は地獄と呼んでいるけれど、地獄に落ちるのは、自身の行いのせい。神様が落とすのではなくて、勝手に落ちるの。人には人の神、猫ちゃんには猫ちゃんの神」


「ですが、ポスト教でもジャンスター教でも、信じない者は救わないと言われたのです。人の神は信じない者を救わないのでは」


「自分を信じなければ、どんな善人でも地獄に落とす! なんて、おかしいでしょう。あなたは? ご主人様は? フューリー様、イェーヴェ様、そんな神様を知らない人の方がうんと多いというのに」


「という事は、あの方々は少し勘違いをなさっているのですね」


「そうだと思うわ。でも何を信じるかは人それぞれ、私達は強制できない。この村には色々な教えが広まっているから、信じるものの違いで争いが起こると重罪なの」

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