ハンターの少年-04(019)



「ヒトデナシ刑の実態を外に漏らすと、悪人が必ず抜け道を探そうとする。もしかしたら、ヒトデナシが町の外に出られるよう、犯罪組織が逃亡の手助けをすることも考えられる」


 カインは「悪人は何をしでかすか分からない」と、真剣な顔で答える。そしてすぐに笑顔に戻り、町から出る者の行列を指さした。


「外部の者には死刑制度を廃止した事しか伝えていない。刑の執行の際、訪問者は町から出てもらうんだ」


「わたくしは宜しいのでしょうか」


「人族じゃないし、通門手続きもしていないだろう? 君はきっと祭りの事を外には漏らさない。せっかく訪れてくれる人を町から締め出すのは、悪人に対策されないため。苦渋の決断だよ」


「わたくしは悪を許さない側におります。ええ、わたくしは絶対に言いつけは守りますとも」


 記念祭の実態を知れば、きっと多くの者がこの町を忌避する。果たしてこれは正義なのか、それとも町民の心に溜まったストレスのはけ口なのか。明日を楽しみにしているカインを見る限り、後者かもしれない。


 表向きは……いや、住民達は訪問者を心からもてなし、優しく親切に接する。だが、裏では外部の者が悪事を働きやすい環境を無自覚に整え、罠を張っている。


「それに、当日はヒトデナシは人じゃない。ヒトデナシから反撃を受けようと物を盗まれようと、殺されようと法が適用されない。泣き寝入りさ。そんな時に部外者を滞在させられない」


「そうですね。ではお越しになった方々にもお手伝いを願えば……」


「いや、さっきの通りヒトデナシの手助けもあり得る。それに刑の執行者である『ハンター』になれるのは、この町の住民だけ。他所の者がこの町の中でヒトデナシを殺せば、それはただの殺戮だ」


「なるほど、余計な犯罪者を生まない事まで考えられた、規律を重んじた制度なのですね」


「ああ、そうだとも」


 カインは心の底から誇らしそうに胸を張り、微笑む。


 明日の記念祭は、部外者への見せしめにはならないし、何の抑止力にもならない。そんな町の歪な正義感に対し、パトラッシュは残酷だという感情を持ち合わせていなかった。


 魔獣は元々残酷な生き物だ。無秩序な彼らからすれば、悪人だけを指定して狩るという行為はむしろ規律正しく、情け深いものだ。


「人を殺す、傷つける、物を盗む、騙す。まったく、何故そんな酷い事をしてしまうんだろう。僕達は訪れる皆にも人に優しい心を持って欲しいだけなのに」


「だからヒトデナシなのではないでしょうか」


「そうか、そうだね。人の優しさにつけ込むような者は、その時点でヒトデナシなのかもしれない。僕達は彼らを尊重し過ぎている。犯罪者に甘いなんて言われたら大変だ」


 時折、カインと同じように下見をする住民とすれ違う。その誰もが皆笑顔だ。カインとパトラッシュは5時間もかけて町を歩き回り、明日の記念祭に向けて準備を済ませた。






 * * * * * * * * *





 滞在2日目の朝、パトラッシュはカインの自室で目覚めた。1宿1飯どころか、1宿3飯の面倒を見て貰ったため、パトラッシュの忠誠もいっそう固い。


「いよいよだ。2人は追わない、1人でいい。対象は分かってるね」


「はい。顔写真をしっかりと。囚人服を着ている、追う時は外壁へ向かわせる」


「うん。さあそろそろだ、僕達の方針は生け捕り、分かっているね」


「勿論ですとも」


 よく晴れた空の下、数十分前には受刑者が町に放たれた。今頃隠れる場所を探したり、町の外に出れないかと、死に物狂いで走っているだろう。


 カインとパトラッシュは玄関の扉前で構えていた。カインは笑顔でライフルとリボルバーを携え、腰のベルトにはナイフも差している。薬品の入った小瓶には、皮膚がただれる程強い液体が入っている。


 時間は午前8時。町の放送設備から大きなサイレンが鳴り響く。


「いくよ!」


「お任せ下さい!」


 カインとパトラッシュは勢いよく玄関の扉を開け、通りへと飛び出る。他の家からも一斉に「ハンター」が飛び出し、町の中には駆けまわる住民の足音と熱気が渦巻く。


 勿論、ヒトデナシが何処にいるかを知っていて走っている訳ではない。それぞれが各自の分析に基づき、ヒトデナシがいそうな場所に向かっている。


「パトラッシュ、第1地点を! 僕は第2地点に!」


「かしこまりました」


 パトラッシュは路地へと入り、建物と建物の狭い隙間を覗き込む。人が横向きに辛うじて1人通れるかどうか、遥か遠くの出口まで何もない。第一地点には潜んでいないようだ。


 それからパトラッシュは壁と雨水を流す配管を駆け上り、屋根へと上がった。俯瞰で囚人を確認するのだ。


 3階建ての屋根からは、石畳の路地で右往左往する住民が大勢見える。赤瓦で統一された町内の屋根を伝い、カインと示し合わせた場所へ向かう者が少ない事を確認し、パトラッシュは第3地点を目指す。


 「お屋根の上にいらっしゃれば……わたくし大活躍なのですが」


 屋根の上に登って遠くを見渡せても、追いかけて捕まえられなければ意味がない。屋根の上から呑気に見ているハンターはいないようだ。


 狭い路地の上は屋根から屋根へと飛び越え、パトラッシュはすぐに第3地点に辿り着いた。廃工場の跡だ。


 壊れかけた生垣、崩れかかった石積みの壁。繊維工場だったのか、さび付いた紡織機がじめじめしたコンクリートの上に幾つか並んでいる。


 雨水が溜まったぬかるみの周囲には草が生え、木の床だった場所は朽ち果ててぽっかりと穴が空いていた。


 暗いものの、崩れた天井からは太陽の光が差し、見渡せない場所ではない。猫型魔獣にはもってこいだ。


 「人族の匂いは……しませんね」


 足音を立てずに動く事が出来るため、もしヒトデナシがいたとしても、悟られる心配はない。まさか猫がヒトデナシハンターとも思わないだろう。


 パトラッシュは隠れられそうな場所をありったけ見て回り、そして一周回って玄関へと戻った。この廃工場にも潜んでいない。


 玄関に出ると、行き違いでこれから探すと思われるハンターが数人駆け込んできた。皆が息を切らしながらも笑顔だ。


 町の中心部からは離れているが、近隣には民家もある。既に誰かが探した後かもしれない。


「さて、第4地点で一度カイン様と合流ですね」


 どの地点も、今までにヒトデナシが複数回捕まった場所だ。わざと隠れ込み易そうに残された廃工場、路地裏、用水路沿いにはわざと排水口の柵が外された下水道。


 そんな数々の罠の中には、多くのハンターが押し寄せている。チームを組んで捜索する者、自作の地図を頼りに調べ回る者、それぞれが我先に狩ろうと血眼……ではなく満面の笑みで駆けまわっている。


 パトラッシュは、良く手入れされ、雑草1つ生えていない石畳を走り抜ける。ハンターにぶつかったり踏まれないよう、なるべく家の壁沿いを走りながら、第4地点となる外壁付近の袋小路を目指した。


「カイン様」


「ハァ、ハァ……やあパトラッシュ。その様子だとまだ見つけてはいないようだね」


「はい。お力になれず、お恥ずかしい限りです」


「そんな事は……ハァ、ないよ。僕1人で回れる範囲は限られているからね。来年は友人とチームを組む事にする」


 カインは荒い息を整えつつ、パトラッシュに手招きをする。そして予め用意していた木箱を指さした。


「見てごらん。昨日の午後に炭でつけたバツ印が乱れている。それに配置も。まるで蹴って転がしたみたいに。動物の足跡か、それとも」


「獣臭くありません。どなたかが登ったのだと」


 カインはニヤリと笑い、木箱を積み重ねる。そして先にパトラッシュを登らせてから、袋小路にある家の塀の上に上がり、そこから排水管をよじ登り始めた。

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