ハンターの少年-03(018)



「そうですね、わたくしもそれは気になっております」


 パトラッシュが話についてきていると判断し、カインは案内の一部分を指で示した。


「人殺しや強盗、詐欺や暴行を繰り返す者は後を絶たなかった。数年刑務所に入っていても、出所後また繰り返す。死刑にならないからと、殺人を繰り返す者もいた」


「一生刑務所から出られないようにしなければいけませんね」


「みんなそう考えた。でも、刑務所の空きは減る一方。おまけに受刑者は檻の中にいるから、復讐される心配もないし、衣食住がみんなの税金で保証される。しまいには悪人が犯罪を重ね、刑務所の中に逃げ込むようになった」


「という事は、つまりどういう事でしょう? 悪人にとって心地よい制度を皆が歓迎……もしや、町の皆さまは悪人? いえ、とてもそうは見えません」


 パトラッシュはカインの言っている事、それに記念祭、捕まえる、その全てがどう繋がるのか、まだ分かりかねていた。


 そんなパトラッシュに対し、カインは優しく微笑む。そして近くにあった赤い革張りのケースを開けた。


「死刑制度廃止は、当時の国の中でも画期的で、どの町や村にも英断だと胸を張れる平和宣言だった。今更、死刑制度を復活だなんてとても言えない。そこで50年前、刑罰が1つ追加されたんだ」


 カインはケースから1丁のライフルを取り出し、シルクの布を使って手入れを始める。パトラッシュはカインの言葉を待っていた。


「凶悪犯なんて、もはや人の仕業じゃない。君もそう思うだろう?」


「はい。悪い事、特にとても悪い事はやってはいけません。わたくしもご主人様にそう教えて頂いたものです」


「そう。だから、殺人だったり、人を悲しませる犯罪を繰り返す者は、人ではないんだ」


「あ、つまりヒトデナシ、という事ですか」


 パトラッシュの回答に満足したのか、カインはパトラッシュの頭を撫でてやる。そしてこれまでで一番優しく穏やかな表情で頷いた。


「その通り。パトラッシュ、君は本当に賢い精霊さんだね。ヒトデナシは人ではない。だから当然、人としての権利は持っていない。動物以下、虫以下の存在だ。魔族や魔獣より下かもしれないね」


 パトラッシュはようやくヒトデナシを捕まえるという行事の意味を理解した。


 人ではない、人としての権利は持っていない。人ではないので親子関係なども一切無いものと見做される。


 誰の所有物でもなくなり、害虫や害獣と同じ扱いになるので器物損壊にもならない。人権をはく奪された受刑者は、捕まえられて殴られようが殺されようが構わない存在になる。


 ヒトデナシを匿えば重罪。だから家族や知人も見て見ぬふりをするしかない。


「ヒトデナシ狩りはね、悪人をこの世から減らす素晴らしい祭りなんだよ。町と被害者や遺族が賞金を出してくれるから、そのおかげで毎年とても盛り上がるんだよ。僕の祖父も父も、ずいぶんと富と名声を得たものさ」


 どこか、何かがおかしい。普通の感覚ならばそう思うだろう。制度として死刑がないだけで、実際にやっている事は死刑よりも野蛮だ。


 けれどこのヒトデナシ刑が出来てから、この町の住民による凶悪犯罪はほぼゼロになった。より良い代替え案は未だに出ない。


 笑顔に務めるのが人としてあるべき姿だという意味は、何も他人に優しく慈悲深くなることが目的ではない。


 笑顔を忘れた時、怒りに我を忘れた時、人はヒトデナシとなってしまう可能性がある。だから心に余裕を持ち、笑顔でいられるうちは人である証拠、そんな考えに基づいていた。


「そのヒトデナシが、明日は牢屋から出されるという事でしょうか」


「そう。正しく言えば、今年は7人の刑期が始まるんだ」


「既にヒトデナシだったなら、刑を執行されたと同時に狩られてしまって、お祭りで放つヒトデナシがいなくなってしまいますね」


「うん。ヒトデナシ刑の刑期は毎年1日。明日の午前8時に執行されて、明後日の午前8時には終わって人に戻る。それまでに狩らないと駄目なんだ。さあ、地図を見て。ここが僕の家」


 カインは特にヒトデナシを狩る事に葛藤を見せない。それはカインに限った話ではなく、この町でヒトデナシに情けを掛ける者はいない。


 カインは過去数十回のヒトデナシ狩りでヒトデナシが捕まった、あるいは殺された場所をペンで記していた。その中には5度、6度とヒトデナシが仕留められた場所もある。


「午前7時には7名の囚人が刑務所前の広場から放たれる。明日は7時から8時まで家から出たり、他人と囚人の目撃情報を共有しちゃだめだよ」


「ずいぶんと受刑者にお優しいのですね」


「受刑者だって人だからね。8時までは生きたいと願う気持ちを尊重しなくちゃいけない」


 この町の歪さを少し感じながらも、パトラッシュはカインに理解を示す。パトラッシュは人族や魔族に従うのであって、何が正しいのかを判断して咎める立場にない事を弁えていた。


 仕える者が絶対の正義。それが使い魔だ。恩人というにはあまりにも些細だったが、今はカインへの恩返しが全てであり、カインが正しいと言えばそれがパトラッシュにとっても正しい。


 常識的に、普遍的に、ヒトデナシ狩りがどうであるかなど、パトラッシュには関係ないのだ。


「8時になれば町にサイレンが鳴り響いて刑の執行開始だ。まずは隠れていそうな場所を当たる。パトラッシュ、君は身軽だから、このチェックした地点をどんどん潰しておくれ」


「かしこまりました。必ずやお役に立ちましょう」


 そう自信満々で答えた後、パトラッシュはふと湧いた疑問を口にした。


「しかし、今年は7人もヒトデナシとなるのですね。平和になったと言うには少し多い気がします」


「そうかい? この町の住民からは、もう5年も連続でヒトデナシ刑は出ていないよ」


「この町からは?」


 パトラッシュはカインの言葉に引っ掛かりを感じ、もう一度尋ねる。カインはニッコリと頷き、そしてはっきりと「この町の住民からは」と答えた。


「という事は、外から来た方々は、ヒトデナシ刑を受ける事がある、と」


「そうだよ」


「しかし、それであれば犯罪を繰り返すような真似は出来ないと思いますが」


「捕まらずに何度も犯行を重ねて被害者が複数出たら?」


「なるほど。何度も捕まる事ではなく、何度も犯罪を行う事を問題視するのですね」


「その通り。やっぱり君はお利口だ。正義を重んじるこの町に来てくれて本当に嬉しいよ」


 パトラッシュはカインに撫でなられながら目を細める。


 定住するのもいいかもしれない。魔獣であることを打ち明けても、この町の者は受け入れてくれるかもしれない。パトラッシュはそんな考えも頭を過る。


 だが、魔獣であることを隠し、精霊であると思わせていることは悪い事だ。主人探しをするのであれば、やはりこの町で主人を探すのはリスクが高い。諦めた方がいいだろう。





 * * * * * * * * *






 午後になり、パトラッシュはカインと町を回る事にした。ある程度地理を覚えた方が有利だと考えたからだ。


「おや」


 パトラッシュ達が町の南の入町手続き門に差し掛かると、大勢のソルジャーや商人が町を出るために並んでいた。その数は普段行き来している者の何倍も多い。


 一方、この町に入ろうとする者は全くおらず、明日は祭りだというのに、観光客は全く呼び込んでいないらしい。


「皆様、なぜ町から出ようとなさっているのでしょう」


「ああ。明日、明後日はこの町の住民以外、町の中にいては駄目なんだ」


「何故でしょう? お祭りであれば、賑やかな方がいいと思うのですが」

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