【Ⅳ】ハンターの少年~Smile on the Outside~

ハンターの少年-01(016)


【Ⅳ】ハンターの少年~Smile on the Outside~




 良く晴れて、やや暑さを感じる昼下がり。小さいながらも整った石畳の町「ラフランド」を、1匹の白っぽく猫っぽい魔獣が悠々と歩いていた。


 本人、いや本猫は意識していないかもしれないが、その姿はとても凛々しい。


 パトラッシュは少し若返った事で、とても調子が良い。時折塀の上に軽々と登ったりもしながらご主人様探しをしていた。


 今回訪れた町は、他の町のように土が剥き出しではなく、小さな路地まで石畳が敷かれている。家々は赤や茶、白に塗られたレンガ造りのものが多く、殆どが同じ造りだ。


 2階建てで横に繋がった家々は、扉の色がカラフルで、中にはノッカーの上にのぞき窓がついたものもある。どの家も小さなフロントガーデンが玄関前にあり、主な庭が大通りから見えない裏側にあった。


 この町は見たところ近代的で、生活水準が高い。意図的に壊されたような壁などもあるが、花壇には花が咲き、老人が家の前で談笑をする。落書きもなければ暴動とも程遠い爽やかな町だ。


「とても整った町です。治安が凄く良さそう……おっと、こんな所に銃痕が」


 パトラッシュが求める者は、そのような家の中にはいない。ソルジャー協会に出入りしているソルジャー、もしくは放浪旅の者だ。


 精霊を後天的に従える者はいない。つまり、主人を知っている人からは、パトラッシュが精霊ではないとバレてしまう。


 使い魔として仕え始めても、猫のフリをせず堂々と主人の横にいたい。その為には主人が主人の事を知らない人に囲まれる環境でなければならない。


 その土地に住み続けるつもりの者は適さない。


「あ、猫ちゃんだ!」


「ほんとね、見かけない猫だわ、可愛いね」


 出会う者が皆、口角を上げて微笑む。猫呼ばわりされようとも、パトラッシュまでつられて気分が良くなるほどだ。微笑みを持たないのは、あからさまにソルジャーの恰好をした者や、他所から来たらしい商人くらいだった。


「これなら他所者とこの町の住民の判別がしやすいですね。なんとご主人探しにやさしい町なのでしょう」


 パトラッシュはご機嫌で尻尾を高く上げ、塀から塀へ、軽々とジャンプする。


 そのパトラッシュの視線が、ふと右前方の道へと定められた。少し首を下げ、忍び寄るように低姿勢になると、そのまま歩く速度を上げる。


 何を狙っているのか。ただ視線の先だけをじっと見つめ、尻尾を下げて歩く姿はハンターそのものだ。


 一瞬構えるように小さくお尻を振り、灰色のブロックが積まれた塀から飛び降る。コンクリートで塗り固められた歩道に着地したパトラッシュは、とうとう標的に向かって走り出した。


 ガサッと音がする。


 そして、パトラッシュの頭から首までが見えなくなる。


 ガサッ、ガサッと乾いた音が鳴るのを楽しむかのように、パトラッシュは……小さな茶色い紙袋を頭ごと左右にぶんぶん振る。


 パトラッシュはこの紙袋を遠くからずっと狙っていたのだ。


「ああ、わたくしは何故……紙袋を見つけるとこうせずにはいられないのでしょう!」


 頭を思いっきりつっこみ、顔を上げては紙袋を左右に振り、時折中を舌で舐める。ゾリ、ゾリッと音が鳴るのは、パトラッシュがザラザラの舌で舐めているからだろう。パトラッシュは紙袋が大好きなようだ。


 猫っぽいのは見た目だけではない。狭くて暗い所が好きな猫の習性は、パトラッシュにも備わっていた。猫あるあるを試したなら、きっとパトラッシュも殆ど当てはまる。


 さて。こうしてしばらく紙袋を堪能した猫は……次にどうするだろう。


「はあ、落ち着きます。紙袋屋があれば、そこの主人に仕える事も捨てがたい……」


 そう言ったところで、パトラッシュは自分の目的を思い出した。紙袋を堪能してい場合ではない。パトラッシュは早く新たな主を見つけなければならないのだ。


 パトラッシュは紙袋から抜け出すためか、後ろに下がり始めた。


「……おや? おやおや?」


 だが、やや小さめの紙袋はパトラッシュの胸元まででつっかえており、抜け出ようとしても紙袋ごと後ろに下がるだけだ。


「紙袋がわたくしについてきますね、これはどうしたものでしょう」


 紙袋を被った大型の猫が、歩道をどんどん後退していく。猫はその場所から後ずさりすればそこから抜けられると思っている。パトラッシュもそうだった。


 頭を振っても外れそうにない。前足を使って紙袋を触っても、爪で引っ掻いても、カサカサと音が鳴るだけだ。


 しまいには家の前の花壇の柵にまで(勝手に)追いつめられ、パトラッシュはパニックになりつつあった。黒い柵の前で、なんとか紙袋から頭を抜こうとゴロゴロ転がり、後ろ足までばたつかせてもがき始める。


「あっはっはっは! いーっひっひ、何やってんだ、フフッ、あはははっ!」


 突然パトラッシュのすぐ近くで笑い声がした。驚いたパトラッシュは自分の体高を遥かに超えるほど跳び上がり、尻尾を2倍にも3倍にも膨らませた。


 しかしその場から逃げようにも周囲の状況が分からない。視界も状況もお先真っ暗だ。


 声の主は笑いながらゆっくりとパトラッシュに近寄り、腰を下ろしてパトラッシュに話しかけた。


「落ち着いて、外してあげるから。いい子だから引っ掻かないでおくれよ」


 まだ声変わりしたばかりのような、下がりきらない少年の優しい声に、パトラッシュは動くのをやめた。唯一ともいえる猫との相違点は、人の言葉が分かる事。お利口だねと声を掛けられながら、パトラッシュはゆっくりと紙袋を外された。


「外れたよ。自分から入ったのかい? それとも、誰かにやられたのかい」


 眩しさを取り戻りた視界の中で、金髪に深緑の瞳を持つ少年が微笑む。育ちが良さそうな襟付きの白シャツに灰色のベストを着て、ベストと同じ色をした膝までの半ズボンを穿いている。


 髪はサラサラながら耳に掛からない程度で整えられ、足元は白い靴下と上等な黒い革靴。どこかの裕福な家庭の子供だという事は一目で分かった。


 自分の窮地を救ってくれた恩人に対し、元使い魔としてのプライドがお礼も言わず去る事を許さない。


 幸い、相手はこの町の住民。主にならない相手なら、自分が猫ではない事を伝えても支障はない、パトラッシュはそう判断した。


 二本足ですくっと立ち、そして深々と頭を下げる。少年が驚くのも気にかけず、パトラッシュは自己紹介をし、感謝の意を述べた。


「心優しいぼっちゃま。わたくし、パトラッシュと申します。訳あって、ご主人様より旅の許可を頂いております。わたくしの窮地を救って下さり、誠にありがとうございます」


 パトラッシュがそのまま座り、少年の顔を見上げた時、その顔は驚きと共に好奇心と笑みが窺えた。この町の多くの者がそうするように、少年も口角を上げて嬉しそうな顔でパトラッシュを見つめる。


「すごい、猫が喋った……うわあ、すごい!」


「猫ではありません。わたくし、パトラッシュと申します、ぼっちゃま」


「猫じゃないの?」


「はい。ぼっちゃまは、使い魔だとか、精霊だとか、そのようなものを御存じで?」


「精霊は分かるよ。そうか、君がそうなんだね、パトラッシュくん」


 少年はおそるおそるパトラッシュの頭を撫で、顎の下から首までをこちょこちょとくすぐる。久しぶりの人の手の感触に、パトラッシュもうっとりだ。


 道端でしゃがみこんで、猫を撫でながら話しかける。そんな微笑ましい状況に、時折通りすがる人々も笑顔だ。


「ねえ、どこから来たの?」


「ずっと、ずっと北の村の、もっと北の森からまいりました」


「1人で?」


「はい、1匹旅でございます」

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