大草原の小さな猫-04(015)



 ロビンとロバート、そしてパトラッシュは町の門へと走っていく。


 ロビンの体は軽く、走りも人族にしては速い。石ころが多く窪みの多い土の道も、姿勢を崩すことなく駆け抜ける。


 使い魔を従える恩恵は様々だが、大抵は身体能力に現れる。ロビンはこれから、敏腕ソルジャーとして活躍するに違いない。


 まあ、また騙されなければの話だが。


「明日、川か何かで体と装備を洗ったら、クエストを受けに行くぞ。大丈夫、討伐なら軽々こなせる。金を稼いで裏切った奴らを見返すぞ」


「ああ、状況は何も変わってないのに、なんだかやれる気がしてきた」


 町を出て100メータもすれば走るのをやめ、1人と2匹は町を振り返る。


 ロビンはロバートを撫で、そして有難うと呟いた。ロバートは満更でもないのか、腕の中に顔を埋め、しっぽをぶんぶん振って喜ぶ。


 パトラッシュはその様子を見て、役に立てた事については良かったと思っていた。ロバートの言う事が本当なら、彼にはもう主を選ぶ時間が残されていなかったはずだ。


 ロバートも決してパトラッシュを出し抜きたいわけではなかった。主を求める身として、パトラッシュの気持ちも理解していた。


「子猫のフリでもしなけりゃ、連れて行ってもらえないからな。でも本当の動物は近づいてこないし役に立たない。あんたに気付いた時には助かったと思ったよ。黙ってて悪かった」


「いえ、それはもういいのです。わたくしも参考になりました。子猫になってしまう前に次の主を見つけます」


「ああ。出来るだけ街道を外れるなよ、人のいない場所で子猫に戻ってしまえば、命取りだ」


「はい、気を付けて旅を続けます」


 ロバートはパトラッシュの為にアドバイスを行い、自分が苦労した事なども話して聞かせる。それを聞きながら、ロビンは穏やかに笑顔を浮かべていた。


 これから良いコンビになる。パトラッシュは再度2本足で立ち上がり、お辞儀をした。


「俺相手に親身になって、色々猫としての立ち振る舞いを教えようとしてくれたり、あんたいい奴だ。きっとあんたの主になる奴は幸せだ」


「子猫だと信じて疑わず、分かったような事を一生懸命に……お恥ずかしい」


 パトラッシュは恥ずかしいのか、しきりに肉球を舌で舐めて顔を洗う。


「お前は分かるだろ。人に1度仕えてしまえば、もう野良には戻れない。俺は……今度こそ、使い魔として寿命を全うしたい。俺にとってロビンは4人目の主なんだ」


「4人……」


 パトラッシュはロバートの言葉に驚いた。自分は覚えている限り、まだ1人の主にしか仕えていない。主が死ぬなら自分も一緒に死ぬつもりで、それくらい主が全てだった。


 そんな思いをあと3回も繰り返す自信はない。ロビンはそんなロバートの想いを受け止めるつもりで、ニッコリと笑う。やや不器用ながら、抱き上げたロバートを撫でて最後まで面倒を見ると宣言した。


「パトラッシュ、ロバートと引き合わせてくれて有難う」


「いえ、わたくしも色々とわたくし自身の事が分かったので、とても感謝しております。ロビン様、ロバート、有難うございます」


 パトラッシュはもうこの町に用がない。ロビン達は大木をなぎ倒してしまった事を黙ってさえいれば、しばらくこの町で稼ぐことが出来るだろう。


 ロビン達はこの町の外で体を綺麗にしようと川を探し始める。パトラッシュはそれに着いていく訳でもなく、夜の街道をじっと見つめる。


「それではわたくしはこの辺で。どうかお元気で」


「ああ、パトラッシュ、君にも良い主が見つかる事を願っているよ」


「あんたにもいつか再会してえな。新しい主人が見つかったら、いつか」


「ええ、ごきげんよう」


 パトラッシュは1人と1匹に羨ましさを覚えながら、次の町を目指す。目の前は真っ暗、地図で見た限りでは、次の町まで随分と距離がある。


 もちろん、今立ち寄った町で主探しをしてもいいだろう。けれど自身が魔獣である事を知るロビン達がいると、ロバートが魔獣だと噂が広まった際、一緒に捕まってしまう事も考えられる。


 後天的に精霊を発生させる人族などいない。そう考えると、定住者ではない者に拾われた方がいいとも思うようになっていた。


 背後ではロビンとロバートの会話が聞こえ、パトラッシュのご主人様への憧れをいっそう引き出そうとしてくる。


「さっき貰ったチキン、あれで本当に生き返ったぜ。餓死する前に仕事をやらなきゃな」


 背後でロビンの声が聞こえる。


 その声に対し、パトラッシュはちょっとだけ驚きつつ、盛大な勘違いをしていた。


「……生き返った? なんと、ロビン様はアンデッドの方でいらっしゃいましたか! 全く気が付きませんでした」


 時々、パトラッシュには比喩や冗談が通じない。


「回復薬などを渡さなくて本当に良かった。とても死んでいるようには見えませんよと、お世辞の1つでも言うべきでしたね。生きていると信じて疑わず……まったく、自分が恥ずかしい」


 孤独な元使い魔は、真っ暗な街道を静かに進む。自身の運命を知ったためか、その心の中は静かとは言えない。


 自分の姿が子猫に巻き戻った時、ちゃんと主を見つけているのだろうか。


 今度の主は、死へ旅立つ時も自分を従えたままでいてくれるのか。


「わたくしを、わたくし……違いますね。わたくしは、わたくしをご主人様の……わたくしの、わたくしのご主人様になって下さいますか?」


 次に仕えたい相手が現れたなら、迷わずに言ってみよう。パトラッシュはあまり残されていない自分の命を自覚しつつ、いつまでもまだ見ぬ主を相手に、申し出の練習をしていた。




 【Ⅲ】大草原の小さな猫~Take me home~ end.

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