大草原の小さな猫-02(013)



「困りましたね……置いていくというのも使い魔デナシな話ですし、かといって次の町までもうしばらくあります。人族のようにおんぶできればいいのですが、生憎わたくしは極度の猫背でして」


 親猫が探して鳴く声も聞こえず、子猫も親を探そうとしていない。はぐれたのではなく、死別したのだろう……パトラッシュはそう思って子猫を連れたまま街道に出て、歩き始めた。


「わたくしと一緒に町へ行き、ご主人様を探しましょう。飼い猫になるのはいいものですよ。如何でしょう」


「にゃん~」


「ゆっくり歩いて向かいましょう、疲れたら仰って下さい。いいですね」


「にゃーん」


 子猫が街道を逸れようとすれば連れ戻し、疲れを見せたら首根っこを咥えて運ぶ。時には背中にも乗せる。これではパトラッシュもまるで親猫だ。


 パトラッシュはよちよちと歩く子猫のペースに合わせ、普段よりもゆっくり町を目指した。





 * * * * * * * * *





「にゃんー」


「おや、また疲れたのですか」


「にゃん~」


「まったく……よく疲れる子猫です」


 疲れたら言えと言ったためか、パトラッシュは子猫が鳴く度に立ち止まり、町に着く頃にはすっかり日が暮れていた。別に子猫は疲れたから鳴いた訳ではないのだが、この2匹は全く意思疎通が取れていないので、解釈し放題だ。


 パトラッシュがギリギリ飛び越えられるくらいの低い塀に囲まれた町は、向かって右手、西に広がる丘にへばりつくように広がっている。


 家々からは温かなオレンジ色の明かりが漏れ、かまどの煙突からは夕飯の良いにおいがする。


 パトラッシュは子猫を連れ、土を均して固め通りを歩く。野良猫は一斉に逃げ、犬がキャインキャインと鳴いて尻尾を後ろ足に挟み、柵の中に放たれた豚や牛が一斉に畜舎へ走っていく。


 魔獣が入って来たのだから怖がるのは当然だが、どうにも各町や村の用心が足りていない。これでもし獰猛な魔獣が入ってくればどうするつもりなのか。


「さあ、どこのご家庭で飼っていただきましょう。どこがいいですか? よく考えて決める事です」


「にゃんー」


「できれば、いちばんご飯の匂いが美味しそうに思うご家庭がいいですね。野菜スープではなく、肉や魚の匂いがする家です」


 子猫にさあ飼われたい家を探せと言っても無理な話だ。そもそも、子猫はパトラッシュが言った事を理解しているのかも怪しい。後についてくるだけの子猫を見かねて、パトラッシュは1軒の石造りの家の前で立ち止まった。


「子猫、ちょっとこちらに」


 言葉は分からずとも、表情で理解し、子猫はパトラッシュと一緒に路地に入る。


「良いですか。弱ったふりをして、迷い込むふりをするのです。不憫そうに思われたら勝ちです、人族の方々は可哀想なものを放っておけませんし、そんな自分が大好きなのです」


「にゃんー」


 一体何を教えているのか。パトラッシュは人に対してやや偏った知識を持っているのか、打算的な振る舞いを推奨する。


「わたくしも主を探す身ではございますが、今回はあなたに譲りましょう」


「にゃん……」


「わたくしが飼って差し上げる事はできませんよ」


「にゃん……」


 子猫は寂しそうに鳴く。出会った時よりも聞き分けがいい。パトラッシュに慣れ、大人の猫には従うものだと分かったのかもしれない。


 2匹は再び路地から出ると、出来るだけ裕福で、それでいて犬や先住猫がいない家を探す。


「小さな子供に見つかるのが一番ですけれどね。飼ってもいい? と尋ねる子供に食い下がられたら、仕方ないと言って許す親は一定数おりますからね」


「にゃん」


 パトラッシュには、自分が仕方なしに子猫の面倒を見ているという自覚はあるのだろうか。塀の上を歩き、窓を覗き込み、夜の道を2匹で歩き回っているが、子猫はあまり興味を示さない。


「どこのお家になさいますか。ひとまず……食べ物を確保しましょうか。わたくしが買ってまいりますから」


 パトラッシュはお腹が空いたため、自分と子猫の食べ物を購入することにした。


 肉屋は閉まっていたため食堂を訪ね、ドアノブを器用にまわす。人影もなく開いた扉を不審に思ったフロアスタッフが覗きに来ると、パトラッシュは2本足で立ち上がり、丁寧にお辞儀をした。


「ごきげんよう。わたくし、ご主人様より旅をさせていただいているパトラッシュと申します」


「まあ、精霊さんね! どうしたの?」


 フロアスタッフの女性は一瞬驚いたものの、パトラッシュの目線に合わせるようにしゃがみ、ニッコリと微笑む。歳はまだ若く、茶色い髪を真ん中で分けて後ろで1つに結び、綺麗で優しい雰囲気を纏っている。


「わたくし、一応動物の姿ですので飲食店に入らない方がいいと考えたのです。あの、味付けの薄い肉料理を一猫前いただきたいのです。代金はここに」


「お腹が空いているのね。待ってて、いいものがあるの」


 そう告げると女性は一度店の中に戻っていく。数人の客がいるが、時計を見るともう21時が近い。もうじき閉店だろう。しばらくして、女性はお皿の上に骨付きのチキンと焼き魚を持ってきた。


「残り物だから、代金は要らないよ。そちらの子猫ちゃんは……?」


「有難うございます。こちらの子猫は新しい飼い主を探しているのです。如何でしょう」


 女性は可愛いと言ってパトラッシュと子猫を撫でるが、悲しそうに首を振った。


「うちは食べ物屋だから、動物は飼えないの。ごめんね」


「そうですか。いえ、ご親切に食べ物をご用意して下さって有難うございます。子猫、お礼を言いましょう」


 パトラッシュが子猫を振り向くと、子猫はパトラッシュを真似したのか、2本足で立っている。そのままコクンと頭を下げ、パトラッシュの体に擦り寄った。


「まあ、とても賢いのね! 良い飼い主を見つけてあげて、パトラッシュさん」


「はい。親切にして下さったあなた様からの言葉とあれば、必ず」



 パトラッシュはお辞儀をした後、器用に前足で受取り、子猫と一緒に歩いて夜道に消えていった。


「あの子猫……行動がパトラッシュちゃんにそっくりね。飼える人は幸せだわ」





 * * * * * * * * *






「あなたは賢い子猫だったのですね」


「にゃん」


「どうですか、美味しいですか」


「にゃんー」


 パトラッシュと子猫は、食べ物を貰った店のすぐ近くの木の下で仲良く食事を楽しんでいた。肉も魚も味付けをしていないため、猫の体に優しい。特に子猫は久しぶりの満足な食事だ。ゴロゴロ喉を鳴らし、ハフハフと鼻息も荒い。


「チキンの方は明日いただきましょうか」


「にゃん」


 魔獣のパトラッシュがいれば、他の猫や犬に襲われる事はない。子猫は安心しきったように目を閉じ、パトラッシュに寄り添うようにくっついて眠りについた。


 パトラッシュも目を閉じ、時折耳だけがピクリと動く。町と言っても田舎町の夜は静かで、人通りもほとんどない。そんな中、ふと土を踏みしめる足音が近づいてくる。勿論、眠りの浅い猫……いや、猫型魔獣が気付かないはずもない。


「猫、か。いいな猫は。こんな所で寝てても誰にも怒られない、誰にも迷惑を掛けない。野宿姿すら可愛いと言われる……」


 パトラッシュが薄目を開けると、そこには身なりがあまり綺麗とは思えない、1人の旅人の姿があった。ブロンズのような色合いの軽鎧を着て、足具までしっかり履いているものの、傷だらけだ。腰に挿した剣は鞘がなく、少し欠けて見える。


 短い茶色の髪に、無精髭を剃れば整っているであろう甘いマスク。歳は20代後半くらいだろうか、痩せた男はしゃがみ込んでパトラッシュを撫でると、ため息をついた。

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