第21話 1944年10月30日 東京
特攻を報じる記事を何度も読み返したあと、一つため息をついた敦子は新聞を畳み居間のちゃぶ台の上においた。
「どうなさいました、ため息なぞつかれて」
置いたばかりの新聞の一面にある記事に目を遣ると、お里は
「まあ、本当にみな勇ましい方ばかりで」
と目を輝かした。
「お里はそう思うの?」
「ええ、もちろんですとも。皆さん、立派な方々でございます。町中、噂話と言えばそればかりでございますよ」
そう言うと、冴えない表情の敦子に向かって怪訝そうに
「お嬢様はそうお考えにならないのですか」
と尋ねてきた。
「ええ、お国のことを守ろうとなされて、それはそう思いますけれどね。でもみんな、まだお若くていらっしゃるのよ。お気の毒なこと」
「お国の為に覚悟を決められて立派に死んで行かれたのでございますよ。ほんとうに勇敢な方々でございます」
お里は断言した。もともと女だてらに勇ましいことの好きな性格である。
「そうかしら。立派に死ぬなんていうことあるのかしら」
呟いた敦子をお里は不思議そうに見た。
「もちろんでございますよ。皆さん、そうおっしゃっていましてよ。敵もきっとその勇気に怯えていつかは降参するだろうって」
「そう・・・」
命に代えて彼らはこの国を守ろうとしたのだ。だが、そうせねば守れないのだろうか?そして彼らが守ろうとした「国」というものはいったい何なのだろうか。彼らに死ねと命じた人たちとそれは同じものだったのだろうか?
死んでいった人々の願い通り、彼らの両親・兄弟、そう言う人々が住んでいる「国」は彼らの死を犠牲にして守られるのであろうか?
加藤なら何というだろう。今、どこにいるのかさえ分からない、陽に真っ黒に灼けた顔を思い浮かべながら敦子は思いに沈んだ。
あの日以来加藤からの便りはなかった。生きているか死んでいるかさえ分からない。今や若者の死はありふれた出来事に過ぎない。戦場で死ぬ者もあれば、思想を問われて殺される者たちもまたいる。加藤はそのどちらのリスクも背負っている。
「お嬢様、どうなさいました?」
ふっと目を上げた敦子をお里がまじまじと覗き込んでいた。
「ちょっと考え事をしていたのよ」
「そうでございますか?何やら、まるでどなたか、良い方のことをお考えになっているようなお顔付でございましたよ」
そう言ったお里の言葉に敦子は不意に頬を染めた。
「そんなことはないのよ。からかうのはよして」
「あらまあ、図星でございましたか?風間様と言う方がいらっしゃるというのに」
からかうような口調のお里をきっと睨みつけて、
「違うのよ、お里。私は亡くなった方たちのことを考えていたのです」
きっぱりとした口調で言いながらも、敦子は無意識に両手で頬を抑えたのだった。
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