第17話 1944年11月5日 フィリピン マニラ


カッ、カッと、ホールの高い天井に共鳴しつつ、慌ただしい軍靴の音が近づいてきた。富永は胡乱うろんげな顔で音のしてくる方を見遣ったが、すぐに

「司令、宜しいですか」

と戸の向こうから山本の緊張した声がした。

「入れ」

走りこむように部屋に入ってきた山本をじろりと見ると富永は不機嫌そうな声を出した。

「どうした、騒々しい」

「岩本機がマニラに向かう途中、会敵。交戦中に通信が途絶とぜつしました・・・」

岩本機は陸軍最初の特攻機に模されていた機である。その機が任を果たす前に撃墜されたと瞬時に理解した富永もさっと蒼ざめた。

前日富永から呼び出しを受けた岩本益臣いわもとますみ大尉は、その要請を聞くと一瞬、押し黙ったが、

「司令がおっしゃるなら、参らぬわけにはいかないでしょう」

と頷くと、文末に添えられた山本のメッセージにもう一度目を通してから同行する部下に手渡した。

「どう思う?」

「さて・・・」

「そういうわけにもいかない・・・な」

車でなど移動したら何を言われるか分かったものではない。その文面が司令の意思で書かれたものでないことは瞬時に分かった。

「でしょう、ね」

部下が頷いた。

僚機はいらぬ、と言うと岩本は同行する三名の隊員と共に双軽に乗り込んだ。リパからマニラはそう遠くはないが、今や米空母から飛び立つ無尽蔵むじんぞうの飛行機が哨戒しょうかいしている。機体を増やせばそれだけ消耗する危険も多くなる。岩本も山本と同じことを考えたのである。

危険を覚悟で飛び立った岩本は虫の知らせ通り移動中の敵機グラマンに囲まれ、あっけない最期を遂げた。


「・・・」

富永が何かを呟いた。

耳をそばだてた山本の耳に聞こえてきたのは、こんな言葉であった。

「・・・陸軍一のパイロットと聞いておったのに、なんというざまだ」

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