第14話 1944年10月26日 東京 皇居



軍令部総長、及川古志郎おいかわこしろうが緊張した面持ちで上奏に上がったのは航空特攻が成功の翌日であった。

新潟で産声を上げ、岩手で幼少時代を過ごした及川は生まれ育った環境のせいか、それとも生来の特質なのか、話下手である。しばしば方言が混じるぼそぼそとした声は聞き取りにくく、相手は何度も聞き返さざるを得ない。

その上話が妙に要領を得ないのは相手の心を読もうとしがちな性格に由来する。話がこじれるのを避けるため、肝心の点を曖昧模糊あいまいもことさせそれでいて最後は結局自分の思い通りに押し通そうとする。そのため及川の話は要領を得ぬ、と海軍内でも評判が悪い。

だが、この日はただ話下手というだけで緊張していたわけではなかった。何と上奏すべきか考えに考えたまま、よく眠れずに皇居におもむいたのである。

天皇陛下を前に、及川はいつものように訥々とつとつとした口調で上奏を始めた。そして最後の頃に、

「昨日午前十時四十五分、クラークを発進致しました敷島隊はスルアンの北東三十浬に於きまして中型空母四隻を捕捉、之に突撃致しまして空母一隻に二機命中して、之を轟沈せしめ・・」

と言ったところで息を継いで、帝の様子をぬすみみた。

天皇は目をあげ小首を傾げた。空母一隻に二機命中という言い方に引っかかったのである。空母一隻に二機が爆撃、命中・・・ではない。

その意味することを悟ったのか、待てというように片手で制すと天皇は静かに目を閉じた。

「まことか・・・そこまでせねばならなかったのか」

暫くして発せられたその声は震えを帯びていた。そして

「誠に遺憾だ」

言ったきり沈黙がおりた。及川は頭を下げたまま次の言葉を待った。天皇は自分の意に染まない時、往々にして沈黙をもって応える。もしこれ以上何も仰らなければ、それが天皇の意思という事だ。

ようなことは止めよ、と。

あの時と同じだ。伏見宮元帥が6月の陸海合同元帥会議で「特殊な兵器の考案が必要」だと発言し、それを以って特攻兵器の開発に走り出した時、天皇は何も仰らなかった。それを肯定と受け取った大本営だったが、天皇は決して賛成も容認もしていなかった。それが怒りを買ったと知っているからこそ陸軍は特攻兵器の投入を躊躇っているとも聞く。


散っていった者たちには済まぬが・・・。

及川がそう思い始めた時、掠れた声が続いた。魂の底から吐き出すような声であった。

「しかし・・・良くやった」


それを肯定として捉えるべきではないかもしれない。

むしろ戦で命を落とした者たちへの哀悼であり、心遣いであったのであろう。

しかし、戦争の只中にあればその意味合いは言葉を発した本人の意思とは無関係に意味を帯びてくる。

天皇の言葉はそのまま現地に流された。そして、主上の耳に達しかつ哀悼を述べられたことは隊員たちを特攻に駆り立てる一つの理由として用いられることになったのである。

特攻を企てた者たちにさえ、天皇がやめよと仰せになることを期待する気持ちがなかったとは言えない。せめて何も仰せにならずば、それはやめよ、というご意思だと受け取ることもできた。だが、一方でそれは敗戦を認める道に繋がりかねない。

やめよ、と仰らなければ特攻が認められることになりかねぬ。

揺れる心を持った人々はそのどちらも望んでいたし、どちらも望んでいなかっ

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