第4話 えほん

 髭を生やした男はレヴィン家の一人娘ステファニーとして生まれ変わった。

 レヴィン家はルシクス王国の侯爵家である。元々は貴族ではなく、エルフ族の父親ライリーと人族の母親ソフィアが精霊騎士に選ばれた為、爵位を与えられた。


 精霊騎士とは前人未到の強さをもった者に与えられる栄誉称号である。


 ライリーとソフィアは二人で凶悪な魔獣を倒した功績を認められて精霊騎士になった。現存している精霊騎士は七名いる。

 精霊騎士は強大な強さを持っているため、国によって異なるがルシクス王国では一代限りの侯爵の爵位を与え、次世代は伯爵になる。


 レヴィン家の領地はルシクス王国の北部に位置しており、ライリーが領主として治めているが、実務はルシクス王国の国王が任命した者が行っていた。


 ライリーとソフィアは領地の運営に口出しをせず全て任せており、そのおかげか領民の不満もなく領地運営は上手くいっていた。


 唯一問題があったのは、娘のステファニーの教育だった。一般市民であれば全く問題なかったが、貴族としては非常識な育て方だった。


 通常であれば子供は両親と離れ乳母が育てるが、ライリーとソフィアは二歳半になるステファニーと未だに一緒に寝ている。

 使用人たちは口を酸っぱくして貴族としての子育て方を説いていたが、ソフィアは「ステファニーは貴族の子供ではなく私たちの子供なんです」と意味不明な屁理屈を言って使用人たちの言うことを聞かなかった。

 そのため、ステファニーは両親に蝶よ花よと育てられていた。


 「おかあしゃま、えほんよんでぇ」


 絵本を抱き抱えて、パタパタと音を立てながら小さなハーフエルフが歩いてくる。プラチナブロンドで長い髪をなびかせながら、つぶらな蒼い瞳でベッドに座っているソフィアを見つめている。


 ソフィアはその姿を見て表情が緩んだ。


「いいわよ、ステフ。さぁ、こっちに来なさい」 


 ソフィアはベッドの上にステファニーを持ち上げ、膝の上に座らせた。


「今日は何の絵本? ステフは本当に本が好きね」

「うん、きょうはせーえーものがたりよんで」


 ステファニーは顔を上斜め後ろに向けて、絵本を渡した。 


「精霊物語ね、これで何回目かしら」


 ソフィアはにっこり笑い、絵本を開いた。


「むかしむかし、精霊とエルフ族・妖精族・ドワーフ族・人族・獣人族の五種族が平和に暮らしていました。ところがある日、空が割れ、赤黒い炎のヨロイをきた魔王が現れました。魔王の姿はとても恐ろしいものでした」


 ソフィアは抑揚をつけて絵本を読んでいる。


「精霊の中で一番えらい精霊王が魔王に聞きました。『君は何しにここに来たの?』 魔王はこう言いました」  


 ソフィアは一拍間を置いて大きく息を吸った。

 

「『お前たち全員を食べに来た

のさ』」


 ソフィアはステファニーの耳元で口を大きく開いて噛む仕草をしながら、脇腹をくすぐった。


「あははは、やぁ、あはは、や……、やめてぇ~、あはははは、おかあしゃま」


 ステファニーが膝の上であばれたため、二人はベッドに倒れこんだ。それでもソフィアは嫌がるステファニーを無視してくすぐり続けた。気が済むまでくすぐり、ソフィアは満足げな顔をしている。 


「はぁ……はぁ……、もう、おかあしゃまったら」


ステファニーはふくれっ面をしてソフィアを睨み付ける。


「ふふ、ごめんね」


ソフィアは謝りながらステファニーの頬をつまんでムニムニしてる。清楚な見た目とは裏腹で、ソフィアは意外と茶目っ気がありイタズラを頻繁にしている。

 特にステファニーが被害を被ることが多かったが、これも母親の愛情表現だと思い受け入れていた。


 ソフィアはベッドの上に座りなおし、ステファニーの両脇を持ち上げて膝の上にのせた。


「さて、続きを読むわよ」

「むぅ~」


 ステファニーはまだ頬を膨らましていた。


「精霊王は言いました。『そんなことはさせない、力を合わせて皆で戦おう』 精霊の力を使う精霊術と五種族の体内にある気の力を使う気功術、この二つの術を使って精霊とエルフ族・妖精族・ドワーフ族・人族・獣人族の五種族全員が魔王と手下の魔族・魔獣たちと戦いました。しかし魔王たちはとても強く、勝てません。なぜなら魔王たちだけが使えるとても強くおそろしい術があったのです。その術とは魔の力を使う魔術です」


 扉をたたく音がきこえ、ステファニーの父親ライリーが部屋に入ってきた。


「ん~? 今日は何の絵本を読んでもらってるのかな」

 

 ライリーはステファニーの頭を撫でながら微笑みかける。


「せーえーものがたり」


 ステファニーは元気良く話し、ライリーはわざとらしく目を大きく開き言いました。


「そうか、精霊物語か。パパも大好きな話なんだよ。ステフ、一緒に聞いてもいいかい」


「いいよ~」 


 ステファニーがにっこり笑い答えると、ライリーはベッドに座りソフィアの頬にキスをした。

 ソフィアは頬を赤くして何か小さな声でつぶやいてライリーの肩をかるく押している。いつものように二人の甘い空間が出来上がった。


 ステファニーは死んだ魚のような目をして虚空を見つめていた。

 夫婦円満は大切な事だと理解しているが、毎日繰り返される夫婦のいちゃつきにステファニーはうんざりしていた。

 

「ねぇ、えほんまだー」


「あ、ごめん、ごめんね。あれ?どこまで読んだかしら」

「まじゅちゅのとこー」

「ああ、そうだった、魔術のところね、んん、ごほん」


 ソフィアは声を整えて語り始めた。


「精霊術で作った炎よりも魔術で作った炎の方が何倍も強く、気功術で強化した身体よりも魔術で強化した身体のほうが格段に強かったのです。魔王たちは精霊と五種族を……」


 ソフィアは声のトーンを下げておどろおどろしく言います。


「ムシャムシャ、バリバリ…と音を立てて食べていきました!」


 通常の子供であれば怖がる場面にもかかわらず、ステファニーは目を輝かせながら鼻息を荒くしていた。

 ステファニーは血湧き肉躍る戦場で魔王と戦ってみたいと思っていたのだ。

 その様子を見たライリーは、怖がらないとはなんて勇敢なんだろう、さすがは私たちの娘だと思っていた。

 同じくその様子を見たソフィアは、ちょっと残念だなぁ、怖がった顔も見みたいからどんなイタズラしようかなと考えていた。


 ソフィアはステファニーを怖がらせる方法がすぐに思い浮かばず、しぶしぶ本を読み始めた。


「このままでは全員魔王たちに食べられてしまいます。精霊王は五種族たちに言いました。 『私と火・水・土・風の四大精霊で魔王たちを封印します。封印の儀式中、邪魔されないよう魔王たちを近づけないようにしてください』 五種族は命を懸けて魔王たちと戦い、時間を稼ぎました」


 物語の終盤に差し掛かり、ソフィアの声に感情が込められていく。


「精霊王は四大精霊と一緒に封印の儀式を行いました。太陽よりも明るい光が大地に降り注ぎ、光を浴びた魔王たちは石になりました。五種族たちはよろこび、精霊王と四大精霊にありがとうとお礼を言おうとしました。しかし、精霊王たちの姿が見えないのです。実は精霊王たちは自分の命を使って魔王たちを封印したのでした。それ以降、精霊たちは力を貸してくれますが、精霊たちの姿を見ることはできなくなりました……。精霊王と四大精霊に感謝して、五種族は互いに手を取り合い平和に過ごしました。おしまい」


 ソフィアが絵本を読み終えると、ライリーがステファニーの頭を優しくなでた。


「ステフ、精霊には感謝の気持ちを常にもっとくんだぞ。精霊のおかげでこんな平和な生活が出来ているんだからな」

「はい、おとうしゃま。せーえーにかんしゃしゅる」


 二人のやり取りを優しい眼差しで見ていたソフィアは絵本を片付けて二人に話しかけました。


 「さぁ、そろそろ寝る時間よ。ステフ、寝る前のトイレは大丈夫?」

「だいじょーぶ」

「本当かしら? 魔王が怖いからトイレ行けないんじゃないの?」

「むぅ~、おかあしゃま! もうステフはりっぱなおとなでしゅ」


 ステファニーはいたずらな表情をしているソフィアをふくれっ面して睨み付けた。


「ふふ、ステフは大人かぁ。大人ならもうおねしょしないわよね。……あれ? 誰かさんが昨日おねしょしてたわね、誰だったかな~?」 

「もぅ~! おかあしゃまのいじわる!」


 ステファニーは拳を握りしめポカポカ殴るが、ソフィアは心地よいのか満面の笑みを浮かべている。


「ソフィア、ステフをからかうのはそこまでに。ステフ、お前はもう立派な大人だよ」

「おとうしゃま~!」


 ステファニーはライリーに抱きつき、二人はそのままベッドに倒れ込んだ。それを見たソフィアは一緒に交ざりたくなり、二人に覆い被さるように抱きしめた。

 三人はしばらくの間たわむれ、眠りについた……。


 毎晩、ステファニーは色々な絵本を読んでもらっている。

 前世とは異なる言語や知識を入手するのに本を読むことが一番良い方法だと考えていた。ステファニーは前世で本など興味が無く、文字も学んでこなかったため、最初は退屈であり苦痛も感じでいたが、どんどん興味がわいてきて面白くなってきた。


 この世界は前世と似ているようで異なっている。

 五つの種族がいる世界。魔術と精霊術と気功術がある世界。魔王と魔族がいた世界。魔獣がいる世界。そして神々がいない世界……。

 

 知識を得れば得るほど前世との違いがわかり、もっと知識を得たいという欲求がステファニーの中に目覚めた。

 その欲求に答えるように、ライリーとソフィアは喜んで絵本を読んだり色々な知識や冒険の体験談をステファニーに伝えていた。

 

 そのせいか、知識にかなりの偏りがあり、ステファニーが一般的な知識を得るまで使用人たちが苦労するのであった。

 

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