第1章 雪を待つ②
わたしが通っている古風な女子校には寮があって、中等部と高等部の生徒の半分くらいがそこから学校に通っている。年季は入っているものの重厚感のある建物で、深窓の令嬢たちが生活をするのに相応しい場所だと感じられた。
「寮にいらっしゃるときには、ここの裏口を使ってね。きっと見つからないわ」
「確か寮生以外は立ち入り禁止よね」
「あら、ご自分の立場を分かっていらっしゃらない?」
わたしは、ぐっと言葉を飲み込んだ。
通学組のわたしが寮にこっそり忍び込んでいる理由。それは、あの日わたしの前に現れた柊木まりあのひと言。
「すきなのね、人形。お教室に通うくらいに。熱中できるものがあるって、羨ましいわ」
ああ、おしまいだ、と思った。
「わたし、自慢じゃないけれど、口はかたいのよ」
きっと青ざめていたのであろうわたしに、微笑みかけながら、柊木まりあは言った。それこそ、天使のような笑みだった。
「愛菜さん、あなたにお願いがあって来たの。わたしを人形にしてくださらない?」
けれど、もちろん彼女は天使などではなかったし、断る選択肢もなかった。そしてわたしは、名前だけは以前から知っていた隣のクラスのやんごとなき令嬢を「人形」にしなくてはならなくなってしまったのだった。
柊木まりあは寮のひとり部屋に暮らしていて、そこは整然と片付いていた。いつも本やら粘土やらが散乱しているわたしの部屋とは、比べものにならない。床は深い色の絨毯で、三つの木製家具はどれも丁寧に磨かれているのか飴色に輝いている。シンプルだけれど、決して質素ではない。柊木まりあ本人の印象そのままのような空間だと思った。
柊木まりあは机とセットで置かれていた一脚の椅子を部屋の中央に持ってきて、おもむろにそこに掛けた。そして立ったままのわたしに向かって、さあどうぞ、と言わんばかりに、薄く微笑みかけてくる。
「人形にしてほしいと言っていたけれど、具体的にどうすればいいの」
「そうね……わたしを人形として扱って、愛でてくださる?」
「それだけ?」
「ええ。ほかにわたしが人形になる、良い方法があれば別だけれど」
「……」
「あなたが普段、ご自分のお人形にするようにしてくださればいいの。簡単でしょう」
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