「初めて跨いだ……」

「日を跨いでおいてなんだけど、早速話し始めよう。

 僕は富める者にはなりたいけど働く事は本当に嫌いなんだ。


 だからお金じゃない所で利益を出したいと考えた。当然利益ってのは実用的な物に限るけどね。


 前回僕が話した例えは覚えてる? あの話を最初から考え直してみると、実は僕たちは思い込みによってあんなにも悲しいラストを迎えていたんだ。


 例えばお金。僕は君の持ってる牛肉を1万円で買おうとした。しかしどうして1万円で買えると思い込んでいたんだろうか。

 それは普段僕達が食事をする時に、相当な高級品を食べる特別な機会でも無ければ1万円なんて出す筈が無いからだ。

 要は『これだけ出せば十分だろう』という驕りがあった。


 一つ目の”お金に価値がある”という思い込みはむしろ聞きなじみのあるフレーズだったかもしれない。

 じゃあ二つ目は何か。それは”24時間営業をしている店が無いという悲劇”だ。

 この時代にもなると、少し歩けばコンビニぐらいあると皆が考えている。

 しかし少し前の時代であればそもそもそんな期待なんてしていなかった。だから僕が深夜まで空腹状態でいるなんて可能性はほぼ無かったんだ。

 なんとかなる訳がない事に対して、僕は余裕を出すなんてしないから。

 つまり環境に慣れ過ぎて、いつでも空腹を満たす手段がある事を当然だと考えていた。


 君もそうだったんだぜ? 例えばパンツを毎日洗っておけば、あんな悲劇は起きなかった。でも最近はコンビニで買えるし、最悪なんとでもなると考えていたんだ。


 そしてこの二つの思い込みに共通して登場するのがお金だ。

 お金が無ければコンビニなんてあてにしないし、お金が無ければお金の価値に当たりを付けて希望を持ったりしない。

 つまりお金は人間に思い込みを与える厄介な物なんだ。


 そんなものを大量に持つなんて気が触れてるとしか思えない。だからお金を持たないで皆が生活をする。

 みんながお金を持たないで生活をすると必要なもの同士を交換する制度が生まれる。

 所謂物々交換だ。


 もしかしたら歴史の授業で習ったかもしれないけど、なま物や価値が大幅に違う物を取引することを考えたら、結局通貨必要になってくるだろ?

 でも、通貨制度が導入されたことで貧富の差は埋まらなくなっていく。だって物の価値を無理やりに決めて、それに通貨の価値を落とし込むんだから。

 そりゃ声が大きい奴が”これは価値がある者なんだ”と言えばそれが価値の基準になる訳だから、貧富の差なんて埋まる訳ないよな。


 でも、そんな声の大きさを徐々に削いでいった結果が今の価値基準なんだよなぁ。


 となると僕たちが富める者になるには、何が必要で何が要らないんだろう。

 他人が決めたお金の価値を自分の常識に落とし込んでる時点で、富める者の基準は自分じゃない誰かが決めたものなんだ。


 だから自分がお金を稼ぐんじゃない。自分が利益を得るんだ。


 ……言葉でこんな意味ありげに話しても、僕には役立てられそうもないや。

 君はどうだった?


 どこかの話が君のやる気を掻き立てるスイッチになったならよかったよ。

 でもまぁ寂しくなっちゃうから、やる気が出てもたまには来てくれよ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る