第97話 水菜ちゃんの笑顔

 水菜ちゃんが私と二人で話がしたいと史桜くんにこの部屋から出ていくよう促し……、いや、あれは促すというよりは威圧で追い出すというような形だった。

 史桜くんがリビングから水菜ちゃんに追い出され、リビングには私と水菜ちゃんの二人が残っている。


 史桜くんをリビングから追い出した後も水菜ちゃんは重苦しいオーラを纏っており、史桜くんだけでなく関係のない私まで気圧されてしまっている。


「す、すいません。なんかお恥ずかしいところを見せてしまって」


 水菜ちゃんの雰囲気は重苦しい雰囲気からコロッと変わり、てへへ、と頭をかく。


 私には史桜くんを追い出した時の雰囲気を纏ったまま話さないという事は、私にはまだ気を遣ってくれているが史桜くんにはもう気を遣う必要がないほど仲を深めているという事だろうか。


「べ、別に大丈夫だよ」


「結衣先輩とは前もこうして二人で話したことがありましたね」


「そうだね……。まさかまたこうして二人で話をする時が来るとは思ってなかったよ。というか、こうやって二人で話す機会なんてこのままない方がよかったんだけどね」


「いえ、私は前から結衣先輩ともう一度こうしてゆっくり二人で話したいと思っていましたし、話すことでしか解決できないこともあると思うので」


 こんな機会が来なければ良かったと思っているのは事実だが、実は私も水菜ちゃんとはまた一度二人で話す必要があると考えていた。

 今回私は我慢をしすぎて体調を崩してしまった。となれば、これからもこの状況が続けば私はまた同じように体調を崩してしまう可能性がある。


 そうなってしまえば史桜くん以外の誰かにも迷惑をかけてしまうかもしれない。

 そうならないためには、自分の気持ちを整理して水菜ちゃんと二人で話すべきだと考えていた。


「……そうだね。話す機会が来ない方が良かったとは言ったけど、このまま水菜ちゃんと話さないっていうのはただの逃げになってるのかも」


「逃げとは言いませんよ。そりゃ私だって何事もなく今の関係が続いていくならそれが一番良いと思ってますし……。それで、結衣先輩は私と何を話したいと思ってました? まぁ大体予想はついてますが……」


 水菜ちゃんにはもう私の気持ちは気づかれているだろう。態々それを言葉にして伝える必要も無いのかもしれないが、私の口から伝えなければこうして二人で話している意味が無くなってしまう。


「……私、まだ史桜くんが好き」


 私はそう口にしてから水菜ちゃんから目をそらした。


 水菜ちゃんは今どんな表情でこちらを見ているのだろうか。

 もしかしたら怒って頬を平手打ちされるかもしれない。いや、逆に涙を流している可能性もある。


 私は恐る恐る水菜ちゃんの顔へと視線を向けた。




 ……え? 


 どうして? どうして水菜ちゃんは笑ってるの?


 私が水菜ちゃんの顔へと視線を向けると水菜ちゃんは私を見て微笑んでいた。


 ドラマなんかだと、私の男に手を出すなこの女狐‼︎ なんて罵られる場面のはず。


 それなのに、どうして笑っていられるの? なんで私を怒らないの? どうして……。


「どうして笑っていられるの? 私は水菜ちゃんの彼氏を好きって言ってるんだよ?」


「いや、結衣先輩、可愛いなぁと思って」


「か、可愛い⁉︎」


「はい。可愛いです」


 私を怒らないのさえ理解できないのに、可愛い……?


 水菜ちゃんは何を考えいるのだろうか。


「な、何言ってるの⁉︎ 私は水菜ちゃんの彼氏が好きだって言ったんだよ? 普通怒るところだよ?」


「普通ならそうなんですけどね……。結衣先輩、きっと私のために史桜が好きな気持ちをずっと押し殺して我慢してくれたんですよね。それで体調まで崩して……」


「いや、それは当たり前じゃない? 彼女がいる男の子を好きになるなんてダメだよ」


「だから、それは普通の話です。私、結衣先輩には正々堂々勝負して勝ちたいんです。結衣先輩は本当にいい人だから、もしかしたら私より史桜を幸せにできるかもしれない。それなら結衣先輩は、私のことなんか気にせず史桜と関わるべきです」


「で、でもそれだと私が史桜くんと付き合う可能性だってあるんだよ? 水菜ちゃんはそれでいいの?」


「よくはないです……。でも、それが私達にとって最善の選択かなって思ったので」


「で、でも……」


「いえ、本当にそれでいいんです‼︎ 私と結衣先輩の勝負です‼︎ とは言っても付き合ってる私が一歩リードしてますけどね‼︎ とはいえ私も結衣先輩に負けないよう頑張らないとですね‼︎ じゃ、史桜を呼び戻しますね〜」


「え、も、もう⁉︎ まだ話は……」


「史桜〜‼︎ もう戻ってきていいですよ〜‼︎」


 まだしっかりと話は付いていなかったが、水菜ちゃんの声を聞いて史桜くんが階段を降りる音が聞こえて、私たちの会話は終わりを迎えた。

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