第96話 水圧

 史織から結衣を俺たちの元へ向かわせた意図を聞くことはできず、考えがまとまらないまま俺は風呂を出てリビングに向かった。


 お風呂からリビングに向かうまでの短い時間も俺はこの状況をどう整理するか考えているが結局最後まで答えは出ず、俺はそのままリビングに入った。


 リビングには史織の姿はなく、結衣と水菜の二人がソファーに座って雑談をしていた。


「あ、史桜。もう体はあったまりましたか?」


 水菜も雨に打たれていないとはいえ、雨が降り冷え込みが激しくなっていたので体は相当冷えていたはずだ。

 それでも俺の姿を見て、第一に俺の身体に気を遣ってくれる水菜の優しさに俺は心までまで温まりそうになっていた。


「ああ。水菜は大丈夫か?」


「はい。私は史桜みたいにびしょ濡れじゃなかったですし、ヒーターであったまったので大丈夫です」


「二人のこと待たせてるってのに長風呂しちまって申し訳なかったな」 


「全然待ってないよ」


 さぁ、考えは纏まっていないが、この場を上手く収める方法も思い付いていない。

 というか史織にも言われたとおり、俺はややこしい問題を起点を効かして上手く解決出来るほどの器用さを持ち合わせてはいない。


 波風を立てずその場を凌げるのであればそう出来るのがベストではあるが、俺は今までもそうやってピンチを乗り越えたことはない。


 俺がピンチを乗り越える時はいつも直球勝負だ。


 結局考えもまとまっていないのだから、もう真っ向から結衣に聞くしかない。


 そう意気込んで俺は結衣に質問を投げかけた。


「よし、じゃあ本題だ。結衣はなんで俺たちを追いかけてきたんだ?」


「そ、……それは……」


 俺が質問を投げかけると結衣は言葉を詰まらせる。


 もし俺たちを追いかけてきた理由がないのであれば、特に理由はない、と言うだけで済むはずなのに、そう言わないということはやはり結衣が俺たちを追いかけてきたのには何か理由があるのだろう。


「……はぁ。俺もとことん甘いな……」


「……?」


「言いたくないなら言わなくて良い。今がそれをいう時って訳でもないだろうからな。結衣が言いたくなった時がいうべき時つくづく自分の甘さには嫌になる。


 俺は結衣が俺の質問に答えづらそうにしている姿を見て、今無理をして俺たちを追いかけてきた理由を言う必要はないのではないか、と思ってしまったのだ。


「史桜くん……」


 問題を先送りにすることが俺のためにも、結衣のためにも、水菜のためにもならないことを分かっていながら、俺は結衣の苦しそうな表情を見て追求するのをやめてしまった。


「そういうことだから、時間ももう遅いし帰って……」


「いえ、ちょっと私、結衣先輩に話があります」


「……え?」


 話すことは話し合えたので、俺が結衣を家から返そうとすると水菜は何やら真剣な表情で結衣に話があると言った。


「なので史桜」


「……はい?」


「とりあえず2階に上がってってもらえます? 私、

 ちょっと結衣先輩と二人で話がしたいので」


 水菜が結衣と二人で話を? 話があるということは水菜は結衣が俺たちを追いかけてきた理由に検討が付いているというのか?


「え、いやでももう遅いし……」


「でもじゃないです‼︎ 私は結衣先輩に話があるって言ってるんです‼︎」


「は、はい⁉︎」


 水菜と結衣が二人で話すという事態は正直避けたかった。

 水菜が結衣に今日の出来事を追求する可能性もあるし、結衣が水菜から追求されて言わないという保証も無い。


 とはいえ、水菜の圧に押しつぶされた俺は尻尾を巻いて自分の部屋へと逃げ込んだのだった。

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