第93話 直前の登場

 史織に背中を押されて水菜の後を追いはじめた俺は水菜を探していた。

 水菜の家方面へと歩みを進めているが、水菜の姿は中々見当たらない。


 家に帰るとは言っていたのでとりあえず水菜の家方面に向かってはいるが、水菜が本当に家に帰ったかどうかも定かではない。水菜が家ではない場所に行ってしまった可能性も考えられる。


 何も情報が無い中でこれ以上水菜の後を追いかけても水菜は見つからないのではないか。思わずそんな弱気な考えが頭をよぎる。

 弱気な自分が見え隠れし始めたところで先程まで良かった天気が急激に悪くなり雨が振り始めた。


 雨は次第に強くなっていき、俺の服には一瞬で雨が染み込み重さを増していく。

 とはいえ、強い雨が降り始めた程度で水菜の捜索をやめていたのでは追いかけてきた意味がない。

 雨が本格的に降り始めてからも、しばらくの間水菜の後を追い続けた。 


 しかし、どれだけ探しても水菜の姿は見当たらない。

 まだ冬真っ只中で気温は低い。服がびしょ濡れなり体温は一気に奪われていきもう手の感覚もない。


 俺が寒さで体調を崩すのはいいが、もしかすると水菜もびしょ濡れになっているかもしれない。そう思うと俺の気持ちは焦るばかり。


 一度雨宿りをしようと近くにあった公園に立ち寄ると、すべり台の下で雨を避けるために雨宿りをしている人の姿が見えた。


 俺は、ふぅっ、と息を吐き、すべり台で雨宿りをしている人物に声をかけた。  


「こんなとこで何やってんだ」


「え⁉︎ 史桜⁉︎ なんでここに……というかびちょびちょじゃないですか‼︎ こんなに寒いのに⁉︎」


「いや、全然寒くない」


「大嘘じゃないですか‼︎ 声が震えてます」


 寒く無いなんて嘘に決まっている。正直めちゃくちゃ寒いし早く風呂に入って暖まりたい。


「どうしてそんな風になってまでここまで来たんですか……」


「そんな風になってでも追いかけなきゃ行けないと思ったからだよ」


 俺はあまりにも安易に元カノである結衣を家に招いてしまった。

 結果的にそれで水菜を心配させる事になっているのだから、俺は誠意を見せなければならない。


「……ふふっ。こんなに寒い日に、そこまでびしょ濡れになってまで私のことを探してくれるんですから浮気なんてしないですよね」


 俺の誠意は水菜に伝わったようだが、水菜の発言は的を得ている様で的を得ていない。

 確かに俺は誠意を見せたのかもしれないが、それよりも先に不誠実な行動があったのだから、浮気なんてしない、という信頼を勝ち取るのはお門違いなのである。


「まあな……。浮気なんてするつもりは一切ない」


「本当に、私もどうかしてました。嫉妬って怖いですね……。史桜が結衣先輩に取られるかもって考えたら周りが見えなくなっちゃってました。それで勝手に家を飛び出して、本当に申し訳ないです」


「そ、そんな。水菜は悪くねぇよ」


「いえ、史桜はこうして私を探しにきてくれました。それだけ私のことが好きなのに、私は勝手に心配して……。本当にごめんなさい」


 ちがう、悪いのは水菜じゃない。浮気をしないと言い切るだけの自信はあるが、あの時は魔がさして結衣を家に誘ってしまったのは事実だ。


 それなのに、水菜に謝らせるなんて……。


「ごめん水菜‼︎」


「え? どうしたんですか?」


「実は結衣が家に来たのは……」


「二人とも、こんなところにいたの⁉︎」


 俺が水菜に真実を打ち明けようとした瞬間、俺たちの前に現れたのは家で寝ているはずの結衣だった。






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