第92話 恋する乙女の味方
一度リビングに降りて行ってから一時間ほど眠っていた私は榊くんの部屋を出て、一階のリビングへと向かった。
恐らくみんなはもう帰っており、リビングには榊くんと史織ちゃんの両方かどちらかがいるだろうと思いリビングの扉を開けると、リビングの真ん中に置かれたソファーに座っていたのは史織ちゃんだった。
「あ。結衣先輩。もう体調は大丈夫そうですか?」
ソファーに座っていたのは史織ちゃん一人で榊くんの姿は見当たらない。
「う、うん。さっき起きてきたときより体調は良くなってるかな」
史織ちゃんとはこれまで何度も話したことはあるが、こうして二人きりになったことは恐らくない。
史織ちゃんは後輩で特に気を遣う必要はないはずなのに、しおりちゃんと会話をするのは緊張感がある。
それは史織ちゃんはが榊くんの妹だからだろう。史織ちゃんは榊くんの妹、と考えると失礼がないように会話をしなければならないと思ってしまう。
「体調良くなったみたいで安心しました」
榊くんと史織ちゃんは特に顔が似ているという事もなく、普段は二人が似ていると思う事はないのだが、私に向けて優しく微笑むその笑顔から、榊くんの面影を感じた。
「心配かけてごめんね。ところで榊くんはどこか行ったの?」
「さっき水菜が家を飛び出して行っちゃって……。それを追いかけていきました」
「え、それって……」
私のせいか、と聞こうとしてその質問を口にするのを中断した。そんなことを態々確認しなくても水菜ちゃんが家を出て行ったのは私が原因なのだと分かったからだ。
「そうですね。結衣先輩が思っている通りです」
「そう……だよね……」
水菜ちゃんは私と榊くんが二人きりでいた事に嫉妬しているのだろう。そりゃ彼氏が元カノと二人きりとなれば二人で何をしていたのか気にならないはずがない。
体調を崩していたとはいえ、榊くんに声をかけられてこの家に行くと返事をしたのは間違いだった。
水菜ちゃんに対する罪悪感で私は押しつぶされそうになっていた。
そもそも私が体調を崩したのは我慢をしすぎたからだ。榊くんの事が忘れられていない私は、なんとかして榊くんの事を忘れようと必死だった。
榊くんの事を榊くんの事を名前で呼ばずに苗字で呼んだり、自分なりに出来るだけ関わらないようにしてきた。
その結果、榊くんの事を忘れる事を忘れる事はできなかった上に体調を崩してしまった。
榊くんの事を忘れようとしている私に対して神様は意地悪だった。
私が榊くんと関わりたくないと思っても、私があのグループにいる限り私と榊くんの関係が切れる事はない。
クリスマスにはプレゼントを交換で私と榊くんがお互いのプレゼントを受け取ったり……。
なぜか私が離れようとすればするほど私と榊くんの物理的な距離は近くなり、私が忘れようとすればするほど私の中で榊くんという存在が大きくなっていく。
今だって罪悪感で押し潰されそうなのに、私は最低な事を考えてしまっている。
榊くんと水菜ちゃんは私のせいで喧嘩をしてしまっている。それなら私が願うのは、二人が仲直りをして今の二人の関係が続いていくことのはず。
それなのに、私の心の奥底にはこのままあの二人が喧嘩をしたまま今の関係が終わってしまえばいいという思いが芽生えている。
そんな自分が情けなくて、醜くて、嫌いでどうしようもない。
頭の中はぐちゃぐちゃになり、私の頬を涙が伝った。
「一つだけ聞いてもいいですか?」
涙を流している私に史織ちゃんが問いかけてくる。
「……うん」
「結衣さんは史桜くんの事、好きですか?」
そう問いかけられた私は言葉を詰まらせる。
「……仮にそうであったとしても、私にそう答える資格なんてないよ」
「何言ってるんですか‼︎ 誰にでも資格はありますよ‼︎」
食い気味に返答してきた史織ちゃんに私は疑問符を浮かべて見せる。
「いや、榊くんには彼女がいるんだから……」
「それは確かにそうですね。水菜っていう可愛い彼女がいます」
「だったらなんで……」
「結衣さん、女の子じゃないですか」
「……え?」
私は史織ちゃんの発言に二つ目の疑問符を浮かべた。そりゃ私は女の子だけど、だから資格がある?
そんな単純な話なの?
「私は水菜の味方だと思いました? ノンノンノン。私は恋する女の子全員の味方です‼︎」
どちらかと言えば普段は物静かな史織ちゃんの雰囲気が急に変わったような気がする。
「え、な、何言ってるの?」
「まぁ訳わかんないですよね」
「う、うん……」
「とにかく、結衣さんも史桜くんを追いかけましょう‼︎」
「わ、私も追いかける⁉︎」
「そうです。追いかけましょう‼︎」
「え、で、でも……」
「いいからいいから。ほらほら‼︎ いってらっしゃい‼︎」
史織ちゃんは私の背中を無理矢理押して私を家から放り出した。
いや、私さっきまで風邪で寝込んでたんですけど……。
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