第91話 水菜の元カレ
水菜が俺の家を出て行ってから、俺はどうする事もできずリビングに立ち尽くしていた。
俺は水菜にどう声をかけるべきだったのだろうか。
水菜の手を掴んで、無理矢理にでも引き止めるべきだったのだろうか。
何も分からず頭を真っ白にしてリビングに立ち尽くしていると、二階から階段を降りる音が聞こえてきてリビングの扉が開く。
結衣か史織のどちらかが降りてきたかは明白。扉が開いたところに立っていたのは史織だった。
「史桜くん。今水菜がどんな気持ちかわかる?」
「……すまん。正直俺も頭が混乱しててあんまりよく分からん」
「水菜はね、心配してるんだよ」
「……心配?」
俺が結衣をお姫様抱っこした、と言うのは嘘ではあるが、それを本当だと信じている水菜はその話を聞いて嫉妬いるはず。だから機嫌が悪くなったのではないのか?
いや、そもそも嫉妬するにせよ、結衣をお姫様抱っこしたのは体調を崩していた結衣を家まで運ぶためという設定なので、それで水菜が機嫌を悪くするのも筋が通っていない。
「そりゃね、どんな理由があったって彼氏が元カノと二人っきりになってるんだから心配もするでしょ」
「そういうもんなのか?」
「まぁね、お兄ちゃんはそう言う経験、ゼロ、だから分からなくても仕方がないけどね」
「おい今ゼロだけやたら強調しただろバレてるぞ」
史織が俺のことを小馬鹿にしておいたのは置いておいて、水菜は心配していたのか? そんな単純なことで怒って家を出て行ってしまったのか?
俺は結衣と二人きりになってはいたが、だからといって別に手を繋ぐとか抱きつくとか、恋人同士がやるような行為をしている訳ではないし、水菜が恋人としていてくれる限り俺の心は結衣に揺らぐ事はない。
そんなことで心配なんてするのだろうか……。
「なんか腑に落ちないって顔してるね」
「俺が結衣といただけで心配して怒ったりするか?」
「じゃあ逆の立場で考えてみましょう」
「逆?」
急に教師風に喋り出した史織は、眼鏡をはめてもいないのにメガネをクイッとする動作を見せる。
形から入るタイプか。
「水菜に元カレがいたとします」
「あ、あいつ元カレいたのか」
「例え話だって言ったでしょ? その元カレと水菜が二人っきりになったとします」
「ほうほう」
「水菜は元カレに全く気はありません」
「ふむ」
「心配じゃありませんか?」
「心配だな」
「そういうことです」
史織の説得力がありすぎる話に俺は納得をせざるを得なかった。
俺が水菜をどれくらい好きなのかという事は自分が一番理解している。
しかし、水菜は俺の水菜に対する気持ちの大きさを知らない。
その逆も然りで、俺は水菜の俺に対する気持ちの大きさを知らない。
だから、心配になるのは当然のことなのだ。
「なるほどな……」
「じゃあ今からどうするか分かりますか?」
「……そうだな」
こうして俺は水菜を追いかけるために玄関の扉を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます