第88 お姫様抱っこ
「え、声がすると思ったらみんないるの⁉︎」
俺たちがしばらくリビングで会話をしていると、二階から結衣が降りてきた。
顔の赤みはすっかり無くなって顔色はよくなり、もう結衣の体調に心配はなさそうだ。
しかし、俺の心の中には心配が押し寄せており動揺の色を隠すのに必死になっていた。
結衣と口裏合わせをできていないからだ。
結衣はぐっすりと眠っていたので、今日はもう目を覚ましてこないだろうと思っていた。
そのため、今日学校を休んだ理由を結衣の体調が悪かったからだ、とみんなに説明している事を結衣に話せていない。
という事は、結衣も俺がみんなに今日学校を休んだ理由を何と話しているのか分かっていないのだ。
結衣はリビングにいつものメンバーが全員揃っているとは思っていなかった様子で、目を見開いて驚いている。
俺が結衣の方に視線を送ると、結衣も困った様子で俺を見つめてくる。
俺はみんなに今日学校を休んだ理由が他にある事を気がつかれないように左目を何度もパチパチさせて結衣にアイコンタクトを試みるが、俺の意図が伝わっているのかは分からない。
「ゆいゆい‼︎ もう体調大丈夫なの?」
「う、うん……。もうだいぶ良くなったよ」
確かに体調は良くなったように見えるが、バツが悪そうにしているのは俺と二人で帰った事に後ろめたさがあるからだろうか。
「良かったぁ。ゆいゆいが体調崩すなんて珍しいけど何かあった?」
「な、なんにもないよ。冬休みで気が抜けちゃってたのかな」
「そっか。ならよかった‼︎」
結衣は茜が結衣の体調を気遣った事で、この場にいる全員が結衣が学校を休んだ理由は体調不良だと思い込んでいることに気がついたはずだ。
となれば後は結衣が話を合わせてくれればそれで全て丸く収まる。
「それにしても彼女持ちの男にお姫様抱っこさせるなんて罪な女だねぇ。流石ゆいゆいだよ」
「え? お姫様抱っこ?」
ま、まずい‼︎ 流石にお姫様抱っこをした、という嘘が結衣に伝わるとは思っていなかった。このままでは結衣をお姫様抱っこして家まで連れて帰ったというのが嘘だとバレてしまう‼︎
焦って結衣に再度アイコンタクトを試みるが、結衣は俺の方を見ていない。
「そ、そうだよなぁ‼︎ 結衣は倒れて意識を失ってたから俺にお姫様抱っこされたことも気付いてないよなぁ‼︎」
俺はこの場を丸め込むために必死に大声で嘘をついた。みんなの視線が冷たく感じる。
多少無理だと分かっていてもその無理を通さなければ俺の嘘がバレてしまう。
「そ、そうなの⁉︎ 私お姫様抱っこされてたの⁉︎ 史桜くんに⁉︎」
結衣は俺の意図に気がついたようで、話を合わせてくれた。
結衣は俺と会ってから自分で歩いて俺の家まできているし、お姫様抱っこをしたというのが嘘だという事は理解してくれるはずだ。
「そ、そうだな。結衣は寝てたから気づかなかっただろうけど」
「私、お姫様抱っこされてたんだ……」
……え? 結衣さん、その反応はなんですか? 何で嘘をつくのにそんなに顔を赤くしているんですか? また熱でも出てきたのか?
「と、とりあえず、体調まだ悪そうだし結衣にはもう一回寝てもらうわ」
そう言って俺は顔が赤くなった結衣の背中を無理やり押し、二階の自分の部屋へと向かった。
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