第75話 不毛な言い合い

 先ほどまで一面の夜景で埋め尽くされていた俺の視界は水菜によって遮られることになった。

 なにが起こったのか状況を掴めず混乱する頭の中で、必死に状況を整理して考えてみるが中々答えに辿り着く事はできない。


 その出来事は恐らく一秒にも満たないような短い時間だったとは思われるが、走馬灯の様に俺の中には今の状況を整理するための情報が駆け巡り、体感としては何時間という時間が流れたような気がしていた。


「……え?」


「……すいません。我慢しきれず……」


 水菜の真っ赤になった表情を見て、今俺になにが起こったのかをようやく理解した。


 俺は水菜にキスをされたのだ。


 俺の唇に触れた若干湿っていた柔らかい感触と、水菜の顔が俺の目の前にあった状況を鑑みると水菜にキスをされたのは間違いない。


 ……いや、ちょっと待て。冷静に分析はしてみたがこれとてもじゃないが冷静でいられる状況じゃあねぇな。

 俺は手を繋ぐかどうかってところで悩んでたんだぞ? 手を繋いだら嫌われるんじゃないか、なんて事を不安視して手すら繋げていないんだぞ?


 それなのに手を繋ぐとか抱きつくとかその辺の順番吹っ飛ばしてキスだと……?


 何が起こったのかを理解したが、そのせいで俺の気持ちは冷静になるどころか余計に混乱してしまった。


「いや、水菜が謝ることじゃないっていうか、本来なら俺からいくべきというか……」


 なに言ってんだよ俺。


 確かに初めてのキスをするなら彼女である水菜からではなく、彼氏である俺からしないと彼氏として示しがつかないかもしれないが、そんな事を言ったら俺が水菜と手を繋ぎたいとずっと考えていた事に気が付かれてしまう。


「そ、そうですよ‼︎ 史桜があんまりにも手をだしてこないもんだから我慢しきれなくなっちゃったんですからね⁉︎ これは私のせいではありません‼︎ 悪いのは史桜です‼︎」


 水菜、それは自分で俺に手を出してほしいと思っていた、というのを認めたことになるからな。否定するなら私のせいかどうかということよりも、そんな気はなかった、という様に否定するべきだったんじゃないか?


 なんにせよ、俺にだって言い分はある。


 水菜だってそんな素振りここまで全く見せなかったじゃねぇか‼︎ 俺はずっと手を繋ぎたいとか抱きつきたいとか色々考えてたんだからな‼︎


「ま、待て‼︎ 俺だってどうやって水菜と手を繋ごうかって事をずっと悩んでだんだぞ⁉︎ 手を繋ぐとか通り越してあわよくば抱きつきたいなとか思ってたんだからな⁉︎ だから俺は悪くない‼︎」


「そ、そんなこと考えてたんですか⁉︎ しかもずっと⁉︎ 不潔です‼︎」


 や、やっちまった‼︎ 混乱しているせいで自分は悪くないと否定しようとして自ら墓穴掘っちまった‼︎

 ここまで水菜にバレないようにどうやって水菜と手を繋ごうかということばかり考えていたが、自分でバラしてりゃ世話ないな。


「いや、違う‼︎ そんなこと考えてない‼︎」


「いや今自分で言ってたんですけど⁉︎ もう遅いですよ‼︎」


「そっか‼︎ もう遅いか‼︎」


「はい‼︎ 遅いです‼︎」


「「……」」


 しばらく沈黙が生まれてから、俺たちはお互いの顔を見つめ合い自然と笑いが溢れてきた。


 どちらが悪いか、なんて不毛な討論を繰り広げてはいるが、この話に関してはどちらが良いも悪いもない。お互いがお互いの事を好きだって分かったのだからそれで良いじゃないか。

 先述した通り、どちらが悪いかという話になるのであれば、いつまでも勇気を出せず手すら繋げなかった俺が悪いという事になるだろう。


  ずっと一緒にいたいとか、手を繋ぎたいとか抱きつきたいとか、そんなことを考えているのは俺だけで水菜は何も考えた事が無いと思っていたが、どうやら俺が水菜に感じていたような感情を水菜も抱いていたらしい。

 それを知って、余計に水菜の事が愛おしくなってしまったクリスマスの夜だった。

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