第74話 そっちから

 最初は服装のことを気にして料理の味を楽しめていなかった俺だったが、時間が経過するにつれて緊張も解けてきて、料理の味を楽しむことが出来た。

 値段だけあって俺が食べたことのある料理とは味も見た目も違っており、いい経験となったのは間違いないが、俺の口には庶民の味がお似合いのようだ。


 とまぁ料理について話をしてみたが、料理のことは最早どうでもよくて、途中からは水菜とどの様にして手を繋ごうかということばかり考えていた。


 今日の水菜があまりにも可愛すぎて、途中から水菜の事を抱きしめたい欲求が止まらなくなっていた。

 しかし、流石にそれは早すぎる気がするのでとりあえず手を繋ぐことを考えていた。


 とはいえ、俺は水菜と手を繋ぎたいと思っているが、水菜は俺と手を繋ぐ事を嫌がるのではないだろうかと考えると後一歩が踏み切れない。


 だからといって、「手繋いでいいか?」なんてストレートに聞くのは男らしさがあまりにも欠如している。


「どうしました? 何か悩んでません?」


「べ、別に⁉︎ なにも悩んでないけど⁉︎」


 水菜は俺の異変を感じ取ったようで、疑問符を浮かべている。

 だめだ、もう今俺の中には水菜と触れ合いたいという邪念しかない。あれだぞ、触れ合いたいって言っても手を繋ぐだけだからな。それ以上とかは全く求めてないからな。聖夜にチョメチョメとかあり得ないからな‼︎


「ならいいんですけど。何か思い詰めているように見えたので」


 水菜に俺の考えを思い切り言い当てられているが、「はい、水菜と触れ合いたいと思って悩んでました」なんてことは口が裂けても言えるはずがない。


 レストランを後にしてからビルの中に入っている店舗を散策しているが、俺の頭の中には水菜と手を繋ぎたいという欲望しかなかった。

 各店舗を見て回っていても商品の内容は一切頭に入ってこない。


「そ、そうだ。そういえばこのビルの上層階、夜景が綺麗だってネットに載ってたから夜景でもみに行くか」


「あ、いいですね。どんどんクリスマスっぽくなってきました」


 俺は綺麗な夜景を見て邪念を消し去るべく、元々デートプランとして考えていた夜景を見に行くことにした。 


 邪念を消すために夜景を見に行くためのエレベーターに乗り込んだはいいが、エレベーターは普通に歩いているよりも水菜との距離が近くなってしまい、余計に意識してしまう。

 結局目的の階に到着するまでも、俺は水菜のことばかりを考えてしまっていた。


「夜景。楽しみですね」


「あ、おう。そうだな」


 水菜の言葉に相槌を打つが、俺が楽しみなのは夜景ではない。

 夜景を見るというムードがある行為をすることで、自然と水菜と手をつなげるのではないか、という事ばかりを楽しみにしている。


 頼むぞ夜景、チキンな俺に力を貸してくれ。


 そして上層階に到着すると、意外にも人はあまり多くなく、ゆったりとした時間を過ごせそうだった。


 エレベーターを降りて窓のそばまで近づいていくと、俺たちの視界一面に眩い光が入ってきた。


「わぁ。凄いですね」


「これは凄いな。今まで夜景なんか見にいくカップルの気がしれんと思ってたけどこれは確かに見たくなるわ」


「そんなこと考えてたんですか。卑屈ですね」


「卑屈とかいうな。一応先輩だぞ?」


 いつも通りの会話を繰り広げながら、目の前にはいつもと違った非日常の景色が視界を覆い尽くしている。


 今なら、今なら手を繋げるかもしれない。


 そう思った矢先、水菜が俺に声をかけてきた。


「先輩、ちょっとこっち向いてくれません?」


「……ん?」


 水菜に言われて俺が水菜の方を向くと、俺の目の前には水菜の顔があって、俺の唇に柔らかいものが触れる感覚があった。

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