第73話 らしさ
とりあえずレストランの中に入ってはみたが、やはり店内で俺だけが明らかに浮いている。気にするなと言われても気にせざるをえない状況で、料理の味を楽しめと言われてもなかなか楽しめるものではない。
それに店内にいる客は年齢層が高めで、俺たちと同じく高校生だと思われる客は一人もいなかった。
「ほんとに気にしないでくださいね? 私もなにも気にしてませんから」
水菜はそう言ってくれるが、俺が気にしているのは自分の服装が周囲と比べて明らかに浮いている事を恥ずかしく思っていることだけではない。
俺の服装を水菜も気にしているのではないか、ということも懸念事項に含まれている。
背伸びして大人びたレストランなんかを予約はしてみたものの、いっそのことティモで飯食ってた方がよかったかなぁ、と思ってしまう程に俺のメンタルはズタボロにされていた。
値段は二人で諭吉を超えない程度。恥ずかしくて自分の感情はあまり水菜に伝えられないので、せめて金額分で愛情を伝えられないかと高校生にしてはかなり値が張るレストランを選んだつもりだったが、それが仇となったようだ。
ティモなら英世一人で事足りる上に、身なりや礼儀作法を気にすることもなく気楽に楽しめるというのに……。
とはいえ、このままグダグダと小さなことを気にしてクリスマスを楽しめないとなっては本末転倒だ。もう気にしないで、水菜と二人の時間に集中することにしよう。
「いや、ほんとすまん。服装もそうだが正直フランス料理食べるときの礼儀作法とかひとつもわからん。箸が欲しいわ箸が」
「それは私もあんまり詳しくないですから。お互い様ですよ。それにそんな姿も史桜らしくて私は好きです」
今あんまり詳しくないって言った? じゃあ多少知識はあるってことじゃねぇか俺なんか食べ方に礼儀作法があることすら知らなかったぞ。
家では咀嚼音立てて食べるなくらいの礼儀作法しか学んでいない。
「俺が恥ずかしい思いするだけならいいんだけどな。水菜にまで恥ずかしい思いをさせるってなると流石に気になってな……」
「私は全然恥ずかしくありませんよ。それどころか史桜がずっと私のことを考えてくれててすっごく嬉しいです。こんな機会中々ないですし、私にとってはどれもこれも最高の思い出です」
「……そうか?」
「はい。だってまだ私たち高校生なんですよ? そりゃ大の大人に囲まれてる今は恥ずかしくもなるかもしれませんけど、学校で友達に、彼氏にクリスマスディナーに連れてってもらったー、なんて話したら絶対羨ましがりれますよ」
ああ、もうダメだ。好きすぎてやばい。
俺がどれだけ失敗をしても、どれだけ落ち込んでいても必ず俺を慰めたり庇ってくれたり、そんな理想的で最高の彼女がいったいどこにいるというのだろう。
俺たちは手を繋いだ事もなくまだ恋人らしいことはなにもしていないが、今めっちゃ抱きつきたいわ。あの小さい体、抱きついたらめっちゃ抱き心地いいんだろうなぁ。
でも抱きついて嫌われたら最悪だし、俺からそんなことは絶対に出来ないけどな。
とりあえず手を繋ぐところからでも始めてみるか?
「水菜が喜んでくれてるならよかったよ。ま、さっさと食って店出るか‼︎」
「いや恥ずかしくて早く店出たいだけじゃないですかそれ」
先程まで頭の中を埋め尽くしていた羞恥心は、水菜との会話をしているうちに、いつの間にかどこかへふっ飛んで行ってしまった。
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