第72話 ポジティブ
俺たちはレストランに到着するまでの道のりも人混みに飲み込まれながら、やっとの思いでレストランに到着した。
「やっと到着したな……」
「いや、ほんと疲れました……」
電車には乗車率百パーセントを超えているのではないかと思うほど大勢の人が乗っている。ただ人が多いだけとはいえ、混雑している電車に乗るのは体力を消耗した。
毎朝通勤で満員電車に乗っているサラリーマンたちには頭が上がらないぜ……。
満員電車の中で水菜を押し潰させる訳にはいかないと俺なりに水菜が押し潰されないようカバーしたつもりだったが、完璧に守りきれていたかと言われれば自信を持ってイエスと答えることはできない。
「なんかすまんな。楽しむ予定の日に疲れさせてばっかで。こんなことなら家でゆっくりしてればよかったか」
「そんなことないですよ。さっきも言いましたけど嫌な思い出含めていい思い出ですから。それに、これだけの混雑に巻き込まれていなかったら史桜が私を守ってくれる男らしいところなんて見られませんでしたしね」
き、気づかれていたか……。あまりにもあからさまに水菜の事を守ろうとすると、返ってそれをアピールしているように思われてしまうのではないかと思いさりげなくガードしていたつもりだったのだが、それは意味をなさなかったようだ。
「べ、別に男らしくねぇよ」
「そうですね、普段はあんまり男らしいとことか見せてくれないので、ギャップ萌えしました」
「俺にも萌え要素があったとは驚きだ」
普段ヘタレなところばかり見せている分、こういう時に少し男らしいところを見せるとギャップ萌えしてくれるのか。ギャップ萌えは男が女に抱く感情かと思っていたが逆のパターンもあるようだ。
そらならこれからの日常生活ではもっとヘタレでいてやろうかな嘘ですごめんなさい。
「ここが予約してくれた場所ですか?」
「……そうだな、ここのはずなんだが」
俺は自分が予約したフランス料理店の外装を見て唖然とした。
俺が選んだのは高校生でも気軽に入れるようなフランクなフランス料理店だったはずだ。
それなのに、最近外装を工事でもしたのか見た目は俺がネットで見たのとはまるで違っていた。
ビルの中にあるその店は壁では無くとても薄いカーテンのようなもので仕切られており、周囲の他のお店と比べても格式が高そうに見える。
お店の入り口では入店してきたお客さんの上着を店員さんが預かるというサービスまで行っている。
「ちょっと待て、自分で予約しておいて何だがこんなに格式高そうなとこだとは思ってなかったんだが?」
「ま、まぁ大丈夫ですよ。格式が高い分きっと料理の質も高いはずです‼︎」
水菜はそうフォローしてくれているものの、俺が一番気にしているのは自分の服装だ。今日の俺はカジュアルな服装をしており、とてもじゃないがこのレストランに見合う服装だとは思えない。
他のお客はドレスとまではいかないものの、ある程度品のある格好をしてきている。
それに、水菜もこのレストランに入っても恥ずかしくない格好をしている。水菜が普段と違う服装をしてきていたのはそういう事だったのか……。
「……まぁここまできて入らない訳にもいかないしな」
「そうですよ‼︎ 何事も経験あるのみです‼︎ 今回の失敗のおかげで来年のクリスマスからは失敗しないで済みますね」
なにこのポジティブモンスター。落ち込んでいる俺の横で精一杯俺をフォローしてくれる水菜がいつもより余計に可愛く見える。
そして今水菜がさりげなく放った「来年のクリスマスからは--」という言葉を聞いて、水菜は来年も、それ以降も俺と一緒のクリスマスを想像してくれているのだと感じて気恥ずかしくなりながら、俺は意を決してレストランに入店する事にした。
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