第65話 友達の優しさ

 校門でしおしおを尋ねてきた女子に絡まれたところをそのしおしおに助けられた次の日、私は風邪をひいて寝込んでいた。


 馬鹿は風邪をひかないとは言うが、馬鹿でもこうして風邪を引くことはある。

 馬鹿は風邪をひかないのではなく風邪をひいた事に気が付かないという話も聞くが、風邪をひいて思いっきり寝込んでいるという事は私は馬鹿ではないって事でいいな。うん。


 風邪をひいてしまった原因は恐らく昨日の言い合いだ。

 普段は気が弱く争い事を好まない私が無理をして言い合いをしたのだから、身体的にも精神的にも苦痛を与えられて体調を崩すのは必然的な事。


 他に原因があるとしたら、私がしおしおを好きだと確信してしまった事だろう。

 出来る事なら友達の好きな人で後輩の彼氏であるしおしおを好きになんてなりたくはなかった。


 そうは思っているものの、結果的にしおしおを好きになってしまった私は強い罪悪感に苛まれながらマスクを装着し、額には冷たいタオル、必要以上に多くの布団を被ってベッドに寝転がっていた。


 高校生になったとはいえ、仕事でママもパパも家にいない状況は寂しい。

 最近はあまり風邪をひいていなかったので忘れていたが、小学校、中学校から私の家まではかなり距離があったので、同級生が家までプリントを持って来てくれなくて泣いてたっけ……。


 高校も電車を乗り継いで一時間以上かかる位置にある。

 なので、同級生がその日に配られたプリントを家まで持ってきてくれる、なんてお決まりのイベントは発生しない。


 寂しさもあるが、私ももう高校生だし我慢出来る。それにこれだけ遠いと逆に来てもらうのも申し訳ない。


 はぁ……。何で好きになっちゃうかなぁ。友達の好きな人、後輩の彼氏を。


 ベッドに寝転がりながら、私は自分の体調が悪い事よりも、しおしおを好きにってしまった事を気にかけていた。

 もう何も考えたくない。体調も悪いんだし早く眠ってしまおう。眠ってしまえば何も考えなくて済む。私はゆっくりと瞼を閉じると一瞬で眠りについた。




 ◇◆




 目を瞑って一瞬で眠りについた私は額に乗せられていたタオルを誰かが取り替えてくれている感覚で目が覚めた。

 目覚めたばかりの朧げな視界にはタオルを取り替えてくれている人物が目に入る。


 仕事で家にいなかったはずのママがタオルを取り変えてくれているという事はもう夕方になってしまっているのだろう。

 朝から夕方まで寝続けるなんていつぶりだろうか……。


 冷たいタオルが額の上に乗せられる。その気持ちよさから私は思わずお礼の言葉を口にした。


「ありがとうママ」


「……へ、ママ?」


 ……ん?


 ママかと思って声をかけた人物からはママとは全く別人の声がした。ママはもっとこう、おばさん臭い声で……。

 ママが何処かで怒っている気がしたのでこれ以上言うのはやめておこう。


 え、というかこの優しくて聞いているだけでどんな傷でも癒されそうなこの声の主はまさか……。


「ママらしいですよ。結衣先輩」


「わ、私まだそんな歳じゃないよ⁉︎」


 朧げな視界を改善するべく目を擦ると、タオルを取り替えてくれていたのはママではなくゆいゆいだった。ゆいゆいの横にはみずみずも座っている。

 

 え、ここって学校の保健室とかじゃないよね。私の部屋だよね。なんでナチュラルに二人が私の部屋にいるの?


「え、ゆいゆいとみずみず? 何で私の家にいるの?」


「先生にプリントを持ってくように頼まれた、ってのは建前で、茜が心配だったから見にきちゃった」


「風邪ひいてるのに押しかけちゃ迷惑だって言ったんですけどね……」


「え、ちょっと水菜さん⁉︎ あなたも心配してたじゃない‼︎ 裏切るなんて酷い‼︎」


「大丈夫です、好きな人が出来たからって先輩を振る結衣先輩より酷くないです」


「ふぐっっ。そ、それは……」


 え、なにこの面白い状況。みずみずってゆいゆいに対してこんなに強気な態度だったっけ。

 ゆいゆいはゆいゆいで後輩に弄られても怒るでもなく言い返すでもなくただ動揺してるだけだし。まあゆいゆいらしいと言えばらしいけど。


「ちょ、ちょっと待って。私の家、遠かったでしょ? 学校終わりで疲れてるはずなのにこんなところまで、来てもらって本当にごめん……。私が風邪なんかひかなかったら二人に迷惑かからなかったのに……」


 まさか私が心配だからって理由だけで私の家まで押しかけてくる人がいるなんて思いもしなかった。 

 二人がここまで来てくれた事を喜びながらも、ここまで来させてしまった事に罪悪感を覚えてしまう。


「迷惑だなんて思ってないよ。むしろ押しかけてこっちが迷惑かもって思ってるくらいだから」


「そうですよ。みんな茜先輩のお見舞いにきたかったんです。だからジャンケンして勝ち残ったわたしたち二人がお見舞いにきたってわけです」


 私の家まで来る事を迷惑だと思うどころか、みんな来たいとまで思ってくれていたのか。

 ジャンケンで負けて私の家に来るなら理解出来るが、ジャンケンで勝って私の家に来るなんて……。


「……ありがと。私、なんか色々と吹っ切れたや」


 私の家までお見舞いに来てくれたゆいゆいとみずみずを見て、私はしおしおに対する好意を捨て去る事が出来た。

 捨て去る、と言うよりは心の奥底にしまっておく、と言う方が正しいだろうか。


「へ? 何の話?」


「なんでもないっ。二人には内緒」


「えー教えてくださいよ〜」


「教えませーん‼︎」


 ゆいゆいとみずみずが私の家までお見舞いに来てくれた事に驚いて忘れていたが、私の体調はすっかり回復し、寝る前まで曇っていた私の気持ちは晴れ渡っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る