第64話 最後の一押し

 今日はしおしおとみずみずがバイトで、ゆいゆいとりさりさに用事があったのでティモに行く予定はなくなった。


 やる事がない私はしおしお目当て女子撃退作戦を実行する事にした。

 今日もいつも通り校門前で友達を待つふりをしながらスマホを弄っていると、女の子が私の前までやってきた。


「ちょっとそこのちっさいの。坂井くんって今学校にいるかしら」


 はいはい今度は強気系女子ね。飛んで火に入る夏の虫。今日もさっさとご退場いただきましょう‼︎


「坂井くんは帰宅部だし、もう家に帰ってるよ。さっきは彼女さんと二人で学校から出ていくところ見たし」


 私はいつも通りしおしおに彼女がいる事をやんわり伝える。これでこの人も諦めて帰ってくれるだろう。


「へぇ。彼女がいるんだ。まぁいいわ。学校にいないならいないでこれ、渡してくれない?」


「……へ?」


 そう言って渡されたのはラインのIDと「連絡してネ♡」と書かれた小さな紙だった。


 いや、絶対ハートとか使うタイプじゃないでしょ。しかも、ね、をカタカナで書いてるところとか、やたら丸文字なところとか、見た目と全然合ってないんですけど⁉︎


「いや、でも坂井くん、彼女がいるからこういうのは……」


「え、なに? 渡してくれないって言うの?」


 私はその人の雰囲気が一気に冷たくなっていく事を感じ、思わず後退りしてしまう。

 こ、ここまで食い下がってくる人は初めてだ。


「あ、あの、渡さないっていうか、渡せないって言うか……。やっぱり彼女さんがいる人にこーゆーのはちょっと……」


「そんなの関係ないじゃない。私は坂井くんの事が好きなんだから。いいから渡しといてよ」


「あ、あの、でも……」


「何よもう‼︎ 使えない子ねっ。何でこんな人が坂井くんと同じ学校に通えてるんだか……。アンタみたいなちんちくりんで何の取り柄かもなさそうな奴、坂井くんの視界に入るのも害があるわ」


 女の人は完全にヒートアップしてしまい、止まる気配がない。


「いいから渡しなさいよ‼︎」


「わ、渡せません‼︎」


「渡しなさい‼︎」


「渡せません‼︎」


 ああ、私はこんなトラブルに巻き込まれたかった訳じゃないのに……。

 人と言い合いをする事だってすごく嫌で、自分の意見を押し殺して立ち振る舞うタイプなのに、なんでこんな言い合いをしなければならないのだろうか……。


 助けて、しおしお。


「よっ。待たせたな」


「--え?」


 そう言って私の頭の上にポンっと手のひらを置いてきたのはしおしおだった。


「待たせたな」


「あ、いや、待ってはないけど……」


 あれ、なんか無意識にイチャイチャカップルのデートでの待ち合わせの会話みたいになっちゃってる。


「なんかこの状況デジャヴだわ」


「え、なんて?」


「なんでもない。それで、アンタだれ?」


「あ、私は……。え、ていうかアンタさっき坂井くん帰ったって言ってなかった? 彼女さんと二人で」


「ああ、そう言う事な。こいつ、俺の彼女だから」


 --は? しおしお何言ってんの?


「え、でもさっき彼女さんと二人で帰ったって……」


「アンタ、俺目当てだったんだろ? それなら彼氏の俺が他の女と知り合ってほしくないこいつがそう嘘ついたんじゃないか?」


「さ、坂井くんにはこんな女……」


「ああ、俺は視界に入れるだけで害のある女と付き合ってるB専だけどなにか?」


「……な、なんでもありません‼︎」


 そして標的は尻尾を巻いて逃げていった。


「なんでしおしおがこんなとこに? バイトじゃなかったの?」


「いや、ほんとはバイトの予定だったんだけどこないだのテストの点が悪くて学校から出る直前に先生に呼び止められてさ。バイトなんかしてる暇あったら勉強してけって」


「……はは。そう言うことか」


「そう言うことだ。それで、お前のこれはどう言うことだ?」


「いや、どういうことでもないけど……」


「俺たちのために動いてくれるのは嬉しいけどな。無理はすんなよ。俺たちのために傷ついたりしてる人がいるってなったらそれは逆効果だからな」


「はは……。全部バレてたか」


「バレバレだ」


「てかB専って酷くない?」


「馬鹿、言葉の綾だ」


 ダメだ、こんな事をされたらもう……。


 私の願いは確信に変わった。私はしおしおの事が大好きだ。それも、どうしようもなく。

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