第61話 曇った表情

「え、狙うってどういう事?」


 茜の発言の真意が理解出来なかった私は茜に発言の真意を訊く事にした。

 とはいえ、正直榊くんを狙うというのがどういう意味なのかくらいは流石の私にも理解出来ており、理解したくないという想いが強かった。


「しおしおの事が好きだから、アタックしてもいい? って訊いたの」


 まさか茜から恋バナを始めるとは思わず面食らってしまう。

 子供っぽくて恋愛とは無縁だと思っていた茜がまさか榊くんを好きになるなんて……。


 これが本当なら話はさらにややこしくなる。まさに三つ巴の戦いだ。


--いや、私は別に榊くんに手を出すつもりは無い。断じて無い。


「そ、それは別に、私に確認する事じゃないっていうか……」


「じゃあいいの?」


「うっ……」


 茜から問い詰められた私は答えに詰まる。


 茜が榊くんにアタックしていいかどうかなんて私が決める事ではないのだが、私は茜にそれをしてほしくないと思ってしまっている。


 そう思いながらも、いつになく真剣な茜の表情に気圧されて答えに詰まっていた。


 というか茜は本当に榊くんの事が好きなのか? これまで茜と一緒にいてそんな素振りは一度も見た事がない。


「ちょっと待って、茜が榊を好きって本当なの?」


 私と同じ疑問を持った梨沙が単刀直入に茜に尋ねた。

 私では茜に、本当に榊くんの事が好きなのか? とは訊きづらいので梨沙が茜にそう質問してくれたのはとてもありがたい。


「え、好きじゃないに決まってるよ」


 --え?


 今さっき茜が自分で、「しおしお、私が狙ってもいい?」とかって言ってたんですけど? 好きじゃないってどういう事?


「ちょっと待って茜。え、榊くんの事好きじゃないの?」


「勿論だよ。みずみずのかれぴっぴでゆいゆいの好きな人なんだから好きになる訳ないじゃん」


「じゃあなんであんな事言ったの?」


「自分の気持ちに無理やり嘘ついてるゆいゆいが見てられなかったから」


 茜の指摘は的を得ていた。私は結局無理をしている。


 水菜さんが私を許してくれた事で私の心には余裕が出来た。そのおかげで水菜さんとも仲良くなり、みんなでこうして集まる事が出来ている。


 しかし、榊くんが好きだという気持ちにケリを付けられた訳ではない。


「……確かにそうだね」


「うん。私には無理してるように見えたから、背中を押してあげようと思って。まぁ押し方は間違ってたかもしれないけど」


「いや、図星だから。茜は間違ってないよ」


「別にみずみずからしおしおを奪えって言ってる訳じゃないよ? でもさ、みずみずがしおしおと喧嘩して明日には別れるかもしれないし、ゆいゆいが運命的出会いを果たして別の男の子の事を好きになるかもしれないんだからさ。好きでいるだけなら悪い事じゃないでしょ?」


 ……確かにそうか。別に榊くんの事を好きでいるだけなら悪い事ではない。


 水菜さんから榊くんの事を奪おうとするのは勿論ご法度だが、私から榊くんにアタックをする訳ではないのなら許されるのではないか? そう考えると私の気持ちは一気に楽になった。


「確かにそうかも。なんかそう考えたら気持ちが楽になってきた」


「うん。なんか少しだけ表情が明るくなった気がするよ。やっぱゆいゆいはそうじゃなきゃね」


 茜は子供っぽい性格のくせに変なところで気が利く子だ。

 気が利くだけじゃない。これまでどんな場面でも茜の能天気な笑顔に元気をもらったし、助けられてきた。


 私は茜が榊くんの事を好きじゃないと分かり安心して表情が明るくなったかもしれない。

 しかし、普段は可愛らしく笑う茜の表情が僅かに暗くなっていた事を私は見逃さなかった。


 茜は榊くんの事が好きではないと言ったが、少しだけ表情を曇らせた茜の本心は一体何なのだろうか。

 せめて表情を曇らせた原因が、榊くんを好きだから、という理由ではない事を願うばかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る