第60話 難敵登場
「いらっしゃいませ〜。四名様でよろしかったですか?」
私達がティモに入ると席まで案内をしてくれたのは榊くんだった。
榊くんの家で水菜さんと話をした日以来、ティモは私たちの溜まり場となっていた。
今日のバイトメンバーは榊くんと水菜さんの二人で私は梨沙と茜、それに御影くんの四人でティモにやってきていた。
今日は榊くんと水菜さんがバイトなのでこのメンバーだが、ティモに来るメンバーはその日のバイトメンバーによって異なる。
バイトをしているのが御影くんと水菜さんなら私と梨沙と茜、そして榊くんの四人でティモに来るし、榊くんと御影くんがティモでバイトしていれば、私と梨沙と茜、そして水菜さんの四人でティモに来る。
最初は水菜さんに敬語で話をしていた私だが、今となっては敬語を使う事が無いくらい真野さんとも仲良くなれている。
榊くんと真野さんが幸せで、私の生活も充実してきたのならそれ以上の事を望むのは欲深過ぎるだろう。
今日ティモにやってきた四人のメンバーは私たちがティモを憩いの場としてから初めてのメンバーだった。
「ようやくこのメンバーでティモにやって来る日が来たわね」
「まあ店長が仕事中に榊と水菜ちゃんのイチャイチャを見せつけられるのは気分が良くないって意図的にあの二人が一緒のシフトにならないようにしてたからな」
「分かる、あの二人いい雰囲気だもん」
店長さんの言うことも理解できる。榊くんと真野さんはラブラブなカップルという訳ではないが、お互いが気を遣っておらず長年一緒にいた家族のような関係に見える。
それを仕事中に見せつけられたらやる気もなくなるしらたまったもんじゃ無いだろう。
それにしても梨沙が言っていた、ようやく、とはどういう意味なのだろうか。
「……ようやく? 確かに今日のメンバーでティモに来るのは初めてだけどこのメンバーって何か特殊だったりするの?」
「何ってあんたね……。結衣と榊たちの話をするならこのメンバーの時しかないでしょ。榊がいても真野さんがいても結衣は話しづらいだろうし」
梨沙は私と榊くんの話がしたかったようだ。
榊くんと水菜さんの話は私の中ではもうケリがついた話なので梨沙に詳しく話をした事はない。
榊くんと水菜さんの事を私がどう思っているのか、気になるのも無理は無いだろう。
「榊くんの話はもう終わった事だから。私は別になんとも思ってないよ」
「本当にそれでいいの? 後悔しない?」
「正直どう動いても後悔はすると思う。それなら、一番後悔しづらい行動を選択しないとね。私の欲望のままに動く事は、きっと何よりも後悔するから。こうして榊くんとも水菜さんとも仲良くなれた今が最高の状況なんじゃないかな」
「はぁ。表情と言葉があってないわよ」
表情と言葉が合ってない、か……。私は今どんな顔をしているのだろうか。
何度も自分に言い聞かせているというのに、どこまで行っても往生際の悪い女だな私は。
「ゆいゆいはさ、まだ榊くんの事好きなの?」
「……え?」
「だから、まだ榊くんの事が好きなのかって聞いたの」
いつも子供らしく天真爛漫に笑っている茜が珍しく真剣な表情で、本気で疑問があると言った様子で私にそう問いかけてきた。
「……好きじゃないって言ったら嘘になっちゃうかな」
「へーそっか。ならいいんじゃないの? 好きなままで」
「……え? 好きなままでいい?」
私が榊くんを好きでいていい訳がない。私が榊くんを好きでいることで不幸になる人、傷つく人がいるのだから私は榊くんを好きでいるべきではない。
それ以前に、榊くんにはもう彼女がいるのだから。
「だって好きな気持ち、忘れられないんでしょ? なら自分に嘘つく必要なんて無いと思うけど」
「べ、別に私は……」
「お待たせしました。カルボナーラでございます」
「さ、榊くん⁉︎」
「いやどうした、部屋に出たG見るみたいに驚いて」
「あ、いや、あの……」
「なんでもないよしおしお」
「え、ちょっと待ってしおしおってなに? 俺のこと? いつからそんな呼び方してた?」
「今だけど」
「いや今なんかい。なんかすげーしおれた花みたいだからその呼び方やめてくれない?」
「分かった。しおしおって呼ぶのやめるね。しおしお」
「……はぁ。もう戻るわ。かねかね」
「何それ守銭奴みたいじゃん‼︎」
榊くんは茜と仲良さげに会話をしてキッチンへと戻っていった。
「茜もだいぶ榊くんと仲良くなったんだね」
「そうだねー。みんなでティモに来てたりしたら嫌でも仲良くなるんじゃない?」
「それもそっか」
「しおしお、私が狙ってもいい?」
「……へ?」
茜が何を言い出したのか理解できなかったのは私だけではないようで、梨沙も御影くんも目を見開いて茜の方を見た。
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