第59話 元通り
真野さんは唐突に私の事を結衣先輩と下の名前で呼んだ。
なぜこのタイミングで私の事を下の名前で呼ぶのだろうか。
学校で仲良く話をしたとか一緒に遊びに行ったとか特に仲良くなるきっかけがあった訳でもないので、急に真野さんから名前で呼ばれる理由が分からない。
何か私を下の名前で呼ぶ理由があるのだろうか。
やっぱり勝者の余裕?
それなら私は負け犬らしく遠吠えでもしてやろうかしら。
「きゅ、急にどうしたの?」
「あ、あの、もしかしたらウザイとか思われるかもしれないんですけど、私、結衣先輩と仲良くしたいんです」
真野さんの嘘みたいな発言に私は目を丸くした。
嘘みたいな発言ではあるが、真野さんから私の事を気遣う発言は今までも何度か耳にしているし、榊くんの家に元カノである私を呼んだという状況を考えると、この発言は本当である可能性が高かった。
「どうして? 真野さんからすれば私って榊くんの元カノだし、邪魔な存在じゃないの?」
「そ、そりゃ私から見れば結衣先輩は彼氏の元カノで、結衣先輩と先輩が喋ってるとことか見たら嫉妬でおかしくなりそうです。それに、結衣先輩の以前の行動を許した訳ではありません」
私の行動を許した訳ではない。そう言われた私はショックの色を隠せず表情が曇って行く。
今まで榊くんや真野さんと関わらないように頑張って来たのにまだ足りないのかと、そう考えると落ち込まずにはいられなかった。
「それならなんで……」
「同じだったと思うんです」
「……同じ? 何が?」
「私はティモでバイトをしていたので先輩が坂井の姿である事も知っていましたし、私が最初に先輩を好きになったのは坂井からなんです。でも結衣先輩は坂井先輩だけじゃなくて、榊先輩の方も好きになったじゃないですか。正直私だったら榊先輩の事を好きになっていた自信がありません」
「おい、結衣を慰めるのに大きく傷ついてる人間がいるんだけど」
「なので、榊先輩を好きになった結衣先輩を私は尊敬します。色々と問題行動はありましたけど、仮に私が結衣先輩と同じ立場だたとしたら、私も結衣先輩と全く同じ行動をとっていてもおかしくないなと思ったんです」
……ん? 尊敬する?
あれ、今って私を許さないって話をしてたんじゃなかった? いつの間にか話がすり替わってるような……。
「だから結衣先輩。自分を責めないでください。結衣先輩が誠実な人だって事はもう十分伝わりました。私から先輩に関わるなと言っておきながらこんな事を言うのもおかしいのですが、これからは私たちと、仲良くしてください。そしてずっと一緒にいてください」
真野さんの言葉を聞いた私は返す言葉も見当たらず、ただ立ち尽くしていた。
真野さんは私の事を、許した訳ではない、と言っていた。
しかし、私は真野さんに許されたのだと、自分の誠意が伝わったのだという事を理解して立ち尽くしながら涙が溢れた。
「え、ちょっと結衣先輩⁉︎」
「うわ。水菜が結衣先輩の事泣かした。先輩泣かす後輩、怖い」
「いや別に悪口とか言って泣かせたわけじゃないしね⁉︎ というかシレっと史織も結衣先輩の事、結衣先輩って名前で呼んでるし⁉︎」
真野さんたちの楽しそうな光景を見て、私の涙は一層溢れ出した。
これからは私も、綺麗でかけがえのないこの光景の中に混ざってもいいのだと。邪魔では無いのだと考えると尚更涙は溢れ出した。
「お、おい結衣。水菜から名前で呼ばれたのそんなに嫌だったのか?」
「ま、まさかのそこ⁉︎ やっぱり後輩風情が先輩を名前呼びなんて厚かましいしうざいだけですよね……」
「ウザくなんかないよ。本当に嬉しい。私も真野さんの事、水菜さんって呼ぶね」
私がそう言うと水菜さんは目を潤ませながら、はいっ‼︎ と嬉しそうに返事をしたのだった。
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