第58話 史桜くんの家

 私は今、榊くんの家の前に立っている。


 今日は榊くんから直接誘われたので榊くんの自宅にやってきた訳だが、真野さんが家にいる事は知っているし他意は全く無い。

 普段出かける時よりも私服がちょっとオシャレ、なんて事もないし、普段あまりしないメイクをしている、なんて事もない。絶対にない。


 まぁ一応同級生の男の子の家に行くのだから、ある程度の身だしなみは必要だ。

 普段女子と遊ぶ時とは色々と変わってくる。


 榊くんの家に来たから変わるのではない。これが榊くん以外の同級生の男の子だったとしてもきっとそうだ。


 なぜ榊くんの家に誘われたのかは分からないが、とにかく、冷静に、いつも通りの私でいこう。

 舞い上がったり楽しんだりする事はゆるされていない。私はまだ罪を償いきれていないのだから。


 そう自分に言い聞かせてからインターホンを押そうとしたその時、私はある事に気が付いた。


 表札に彫られている苗字が違う。教えられていた住所と外観的にこの家で間違いは無いのだろうが、なぜ表札の苗字が榊ではなく早瀬なのだろうか。

 一応周りの家の表札を確認してみるが、榊と書かれた表札はどこにもない。


 もう時間もないのでとりあえず指定された住所の家のインターホンを押してみると、玄関の扉が開き中から人が出てきた。


「こんにちは」


 玄関から出て挨拶をしてきたのは長い髪がとても綺麗な女の子だった。私と同い年か少し下くらいの年齢だろうか。


「あ、あの私、インターホンを押す家を間違えたかもしれないです。ここって榊さんの家じゃないですよね?」


「いや、合ってます。入ってください」


 あーよかった。私てっきり家を間違えたのかと……。


 --って何も良くないよねこれ⁉︎


 なんで榊くんの家からこんなに綺麗な女の子が⁉︎

 真野さんがいるって話は聞いてたけど、まさか真野さん以外の女の子が出てくるなんて思ってもみなかったわ‼︎

 しかもこの子、真野さんに負けず劣らずの超絶美少女なんだけど⁉︎


「あ、あの、あなたは……?」


「ふふっ。私と史桜くんは仁泉先輩が思っているような関係ではないですよ」


 なんだ、それならよかった……っていや今史桜くんって言ったよね⁉︎ めっちゃ親しげなんですけど⁉︎


 榊くんってボーッとしてるように見えて意外に色んな女の子と関わりがあるよね。

 っま、もう私には関係ない事だけど。


 この女の子の正体が気になるところだが、ここが榊くんの家で合っているのであればこの家の中に榊くんも真野さんもいるはず。 

 そうなれば、どれだけこの女の子が怪しくてもこの家に入らざるをえない。


 私は周囲を警戒しながらその美少女の後ろを歩いて行く。

 そしてリビングの扉の前に到着し、その女の子はなんの躊躇いもなく扉を開けた。


「仁泉先輩、来たよ」


「あ、仁泉先輩‼︎ おはようございます‼︎」


 リビングのソファーに座っていた真野さんが私に駆け寄ってきた。

 この子は犬か何かなの? なんでこんなに人懐っこいのだろうか。


 何はともあれ、真野さんがいるって事はここは榊くんの家で間違いないという事なのだろう。


 安心安心……ってそれはそれだよ‼︎  


 じゃあこの美少女はやっぱり榊くんと関わりがあるって事じゃないか‼︎


 それに真野さんのこの表情……。


 く、くそ‼︎ なんて眩しい笑顔なんだ‼︎ それが勝者の笑顔ってやつなのか‼︎


「お、おはよ」


 真野さんとは別で史桜くんはリビングテーブルのイスに座っていた。


「すまん、そういえば結衣には史織の事も表札の事も話してなかったな」


「え、どういう事?」


「そいつ、俺の妹」


 そう言って榊くんが指差す先には先程の美少女がいた。


 ……妹? この子が?


「--え⁉︎ 妹いるなんて聞いてないんだけど⁉︎」


「そりゃ言ってないからな」


「ま、まあそうだよね⁉︎」


「驚かせてごめんなさい」


「べ、別に大丈夫だよ。少し驚いただけだから」


 少しどころじゃない。めちゃくちゃ驚いた。


「仁泉先輩、今日は無理言って来てもらってありがとうございます」


「こちらこそお礼を言わなきゃだよ。私のこと、気遣ってくれてるんだもんね」


「はい。気になります」


「大丈夫だよ。私、そんなに気にしてないから」


 いや嘘つけ。それは無理があるだろ。まぁそう言わざるを得ない状況だけど。


「仁泉先輩、まず手始めにやりたい事があるんですけど、いいですか?」


「は、はい。なんでしょうか」


「……。ゆ、結衣先輩‼︎」


 え、今私、下の名前で呼ばれた?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る