第56話 違和感の理由

 午前中の授業を終え昼休みを迎えた私はイスに座ったまま両手を天に突き上げて伸びをしていた。

 今の私には授業を受けるという学生の勤め以外に遂行しなければならないミッションがある。


 それは史桜くんと関わらないようにするというミッションだ。

 史桜くんの事が好きだというのに、史桜くんに振られて今日まで史桜くんと関わらずに学校生活を送っている自分を褒めたいものだ。


 そんな事を考えながらお昼ご飯を食べ終え、いつも通り購買にパンでも買いに行こうかと席を立つと教室の前に真野さんが立っていた。

 真野さんとの会話がいい話だった試しがないので私は思わずため息を吐いた。


「あ、仁泉先輩。また中庭にきてもらってもいいですか? お願いしたい事があるんですけど……」


 ……はぁ。また中庭か。


 真野さんが私のところに来た時点でまた中庭に来てほしいと言われるのではないかと予想はしていた。その予想が的中してほしくないと思う暇もなく真野さんは私を中庭に誘ったのだ。


 私としては出来るだけ史桜くんとも真野さんとも関わりたくはない。

 辛いのを耐えて史桜くんと真野さんと関わらないようにしているというのに、なぜ真野さんの方から私にしつこく話をしにくるのだろうか。


 真野さんは史桜くんが好きで、私は迷惑な相手のはずなのに。


 反省して謝意を見せなければならない立場なのに、私にはもう関わらないでくれと、厚かましくそんな事を考えてしまった。


 そんな事を考えてはいるものの、やはり真野さんのお願いを断る訳には行かないので渋々中庭へとやってきた。


「今度はなんの用かな?」


「私、先輩と付き合う事になりました」


 --っ。


 私は真野さんの言葉を聞いて思わず言葉を詰まらせた。


 いつかそうなると思っていたし、分かりきった結果ではある。

 しかし、心のどこかでもしかしたら二人が上手く行かないかもしれない、なんて考えていた。そんな儚い期待は頭容易く打ち砕かれた。


 いや、そもそもそんな期待を抱いた私が馬鹿だったんだ。


 これで良いはず。これが一番の正解なはず。


 私が史桜くんと真野さんと関わらないようにして、そして二人が結ばれて幸せに過ごせるのならそれで良いはず。


 そう頭では理解しているつもりなのに、心の底からそう思う事は出来ていなかった。


「……おめでとう」


「ありがとうございます。今日はそれを伝えにきたのと、もう一つお願いがあってきました」


「もうひとつ?」


「はい。今日、先輩と二人でデートしてきて下さい」


 --は?


 自分の彼氏とデートしてきてくれ、なんてどんな事情があっても中々言えたものではない。

 真野さんには彼氏が別の女と遊んでいる状況に興奮を覚える性癖でもあるのだろうか。


「いや、私が史桜くんとデートする意味が分からないんだけど」


「もちろん私のためじゃないですよ?」


「じゃあなんで私が史桜くんと?」


「仁泉先輩のためです」


「……どういうこと?」


「仁泉先輩、最近元気ないじゃないですか」


 真野さんから言われた事が図星過ぎて私は思わず真野さんから視線を逸らした。

 史桜くんに振られてから、体の中に活力が無く何に対してもやる気が出ない状態になっている。何かをやろうとしても無気力で、何も手につかない。


 やる気が出る事と言えば史桜くんと真野さんと関わらないようにする事くらいである。


「べ、別に元気無くなんて……」


「元気ないです」


「……」


 真野さんから言われた事を認める訳には行かなかった。


 真野さんに史桜くんとデートしてきてくれと言われた時、私の心は踊ってしまった。

 真野さんから言われた事を認めてしまったら、そんな自分の気持ちを肯定してしまう事にもなるから。


 それに、もう史桜くんは真野さんと付き合ったのだから私と史桜くんが会うことには何の意味もない。


「でも、それでも私は史桜くんには会えない。これまで意識してきたケジメも意味がなくなっちゃうし」


「いいから‼︎ 行ってきてください‼︎ 私のことはお気になさらず‼︎ それじゃあ‼︎」


「……え、ちょっと‼︎ 真野さん⁉︎」


 そして真野さんは自分の教室へと走り去って言ってしまった。


 これでは私が史桜くんと会いたくなかったとしても、行かない訳にも行かなくなる。

 私が行かなければきっと史桜くんは一人で集合場所で待つことになるのだろう。


 それなら……。


 そして私はひとつ、自分の中にケジメをつけて史桜くんと会う事を決めた。


 史桜くんはもう坂井くんでも史桜くんでもない。


 榊くんだ。

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