第45話 同じ家の危険

 どこかに出かけていた様子の史織が帰宅し、リビングに入って私に笑いかける。笑いかけられればこちらも笑いを返すところだが、とてもじゃないがその笑いに笑いを返せる状況ではなかった。


 私が先輩と仁泉先輩を別れさせることに奔走している間に、まさか史織が先輩と親しい関係になっていたなんて……。二人はどんな関係なのだろうか。まさか恋人とか?


 いや、仁泉先輩に未練があるはずの先輩が新しい彼女を作るとは考えづらい。そうなると二人の関係性は余計に謎だった。


「お邪魔してます……って言いたいところだけど、なんでここに先輩がいるの? ここって史織の家だよね?」


「私の家でもあり、史桜くんの家でもあるって感じかな」


 それは高校生にしてもう二人で同棲をしているという事か。それ以外に私の頭に思い浮かぶ状況は無いが、流石に高校生で同棲をしている訳もないし……。


 というか先輩と一緒に住んでるの、羨ましい。私も先輩と一緒に住んでみたい。


「二人の関係性ってなんなの? もしかして付き合ってたりするの?」


「うーん、もしかしたらそうかもね」


 はっきりと答えない史織だが、ということは私の質問が図星ということにもなる。やっぱり二人は……。


「コラ、あんまりからかってやるなよ。後々喧嘩とかになったらどうすんだ」


「ふふっ。水菜が可愛いからついついいじめたくなっちゃうんだよね」


「……え、なんの話? 二人は付き合ってるんじゃないの?」


「そんな訳がないんだよ。だって私たち、兄妹だから」


 ……兄妹? 先輩と史織が?


 そんな話先輩からも史織からも聞いた事が無い。それに史織の可愛い顔と先輩の地味な姿は似ても似つかない。

 ……いや、史織と榊では確かに似ても似つかないが、史織と坂井が兄妹だと言われれば確かに違和感は無いな。


 それに見た目だけでなく、史織の物静かな雰囲気と先輩の根暗な雰囲気も

似ていると言われれば似ていると感じる。


 しかし、二人を兄妹だと信じるには決定的に足りない部分があった。


「でも二人は榊と早瀬で苗字って違うよね?」


 そう、二人は苗字が違う。兄妹なのに苗字が違う事は何か特別な事情がない限りあり得ないのだ。


「ああ、それはね……」


 そして史織は私に先輩と史織の苗字が違う理由を細かく説明してくれた。


 両親が離婚していたとなれば二人の苗字が違うのも頷ける。


 それに転勤理由で別れたり付き合ったりする恋愛に軽い感じも若干先輩に似ていなくはないのかなと思い私はその話を信じることが出来た。


「本当に二人は兄妹なんだ」


「そうだよ。名前も似てるでしょ? 史織と史桜で同じ漢字も入ってるし」


 何も気にしていなかったが、そう言われてみれば確かに先輩と史織の名前には同じ漢字が使用されている。その情報が史織と先輩が兄妹だと信じる決め手になった。


「本当だね。それにしてもそんなに複雑な事情があったんだ。あれ、でもこの家は先輩とお母さんが住んでた家なんですよね? なんで表札は早瀬のままなんですか?」


「ああ、あれは母さんが、もしかしたらまた一緒になる日が来るかもしれないって思ってそのままにしてたらしい」


「なんか素敵ですね……。私も先輩とそんな関係になれたら……」


「そんな関係?」


「ぐぉっほんっ。な、なんでもありません」


 危ない、私思ったことが口に出てたみたい。気をつけないと、またどんなふうに口を滑らすか分かったもんじゃないな。


 焦る私の横で史織は私を見ながらニコニコしている。


 ここまで私に先輩と兄妹だという事実を隠していたり、私を手のひらで踊らせてニコニコしたり。本当に掴みどころの無い子だ。


「まあゆっくり勉強してってくれよ。俺は自分の部屋に篭ってるから」


 そう言って先輩はリビングを出て自分の部屋がある二階へと上がって行った。


「ありがとうございます」


「じゃあ私たちはこのままリビングにで勉強しよっか」


 衝撃の事実を聞いて私の頭の中は整理しきれていないが、私たちは勉強を始める事にした。


 どうせ同じ家にいるなら先輩も一緒にリビングにいたらいいのに、という私の気持ちは声に出さず自分の中だけで留めておく事にした。




 ◇◆




 私はただ、史織にお願いされて先輩の部屋にコーヒーを持ってきただけだったはずだ。


 それなのに、なんでこんな事になってしまったんだ……。


 私は先輩の部屋で、寝ているはずの先輩に抱きつかれベッド寝転がっていた。

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