第37話 気付かれかけた気持ち
「……水菜って俺の事好きなの?」
先輩からこう尋ねられた私の頭は真っ白になった。
私は先輩の事が好きだし、先輩と付き合いたいと思ってこれまで一生懸命仁泉先輩を振るお手伝いをしてきた。
しかし、まさかその本人から自分の事が好きかと尋ねられるとは思っておらず面食らったしまった。
なぜ先輩は急に私が先輩の事を好きかなんて事を聞いてきたのだろうか。
先輩のタイプ的にそんな事を意味もなく本人に直接聞いてくるとは考えづらい。
原因として考えられるのは、私と仁泉先輩が中庭で話していた内容を聞かれたか、私の先輩好き好きオーラが漏れ出していたか……。いや、後者は無いな。
仮に中庭での会話を聞かれていたのなら、ここで私が否定をしても意味はない。意味はないどころか見苦しくさえ見えてしまうだろう。
とはいえ、この場で今すぐ、「はい、先輩の事が好きです」と言って付き合う勇気もない。
先輩には散々勇気を出して仁泉先輩を振れと言ったきたくせに、私にはそんな勇気は無いようだ。
というか、雰囲気もクソもない自宅のリビングで先輩に告白なんてあり得ない。
それに、どちらかと言えば私からではなく、先輩の方から私の事が好きだと告白をしてきてほしいという欲張りな考えを持っていた。
なので私が先輩の事を好きだと言っていた事実をなんとかして否定したいが、中庭での会話を聞かれていたらと思うと否定もできない。
先輩からの質問にどう答えようか悩み黙りこんでいると、先輩は焦った様子で釈明を始めた。
「あ、いや、その、勘違いとか妄想とかそういうのではなくて、水菜が中庭で結衣と話してる声が偶然通りかかったときに聞こえてきて……。そん時に俺のことが好きだって部分だけ聞こえてきたから」
俺の事が好きだという部分だけ聞こえてきた。
この言葉をを私は聞き逃さなかった。
中庭で私と仁泉先輩が話していた立ち位置的に、私たちの会話が丸聞こえになる程近距離で身を隠しながら私たちの会話を聞ける場所はない。
そうなれば、先輩はかなり距離のあるところで私たちの会話を聞いていたことになる。
そうなれば、私が先輩を好きだと言った部分以外聴こえていないという言葉にも信憑性が増すし、一か八かの賭けをするメリットはある。
「はい。いいましたよ? 先輩として好きだって」
私が恋愛対象として先輩を好きだと言ったかどうかなんて先輩には分からない。
私は仁泉先輩に、「私は先輩とバイトで一緒になった頃から先輩の事がずっと好きなんです‼︎」と言った。
この言葉だけ聞くと私が先輩の事を恋愛対象として好きなのは間違いないが、私が言った言葉を一言一句違わずに覚えているという事はないだろう。今の先輩ならこれで押し通せる。
そう思った私は畳み掛けた。
「結衣先輩を中々振れなかったチキンなところは置いておいて、優しかったり時々頼りがいがあったりするところは好きですから。私の好きな先輩をこれ以上困らさないでくださいーって言ってやったんですよ」
「あ、なるほどそーゆーことね。はいはい」
「先輩、何勘違いしてたんですか?」
私が畳み掛けると、先輩はたじろぎ後ろへと下がっていく。
なんとか私が先輩を恋愛対象として好きだという事は隠し通す事ができたようだ。
そして私はすぐに話題を変え、何事も無かったかのように会話を続けた。
先輩としては好きだが恋愛対象ではない、という事で先輩を丸め込む事に成功したが、このままではいけないという事は仁泉先輩との一件を経験した私自身が一番理解している。
こんな事をしている間に、また先輩に悪い虫が付いてしまう可能性は十分にある。
それを理解しながらも、先輩の方から告白してほしいという欲張りな願いがあったり、先輩との関係が崩れてしまうのが怖いという思いもあり気持ちを伝える事が出来なかった。
だが、今はまだこれでいい。
先輩はこの前まで仁泉先輩の事が好きだったんだから、今私が告白して付き合えたとしても軽い男なのではないかと不安になるかもしれない。いや多分ならないけど。
そんな言い訳を頭の中で繰り返しているうちに先輩が帰る時間になり、私は先輩を見送ったのだった。
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