第32話 理解の涙
榊くんから実は坂井は俺だったと衝撃の事実を告白された上に、別れを告げられてしまった私は逃げるように中庭から走り去った。
坂井くんから別れを告げられたはずなのに、榊くんからも別れを告げられたような感覚に陥っている。
何が何だか分からないというのが正直なところだが、榊くんが坂井くんだったと知って妙に納得出来るところもあった。
私がティモでドリンクをこぼしそうになった時に助けてくれた優しさも、話していて安心感があるところも、榊くんと同じだった。
坂井くんの事をもっとよく見ていれば坂井くんが榊くんだという事に気が付けだはずなのに、何故今まで坂井くんが榊くんだという事実に気が付かなかったのだろうか。そのヒントは至る所に散りばめられていたはずだ。
昨日真野さんと中庭で話していた時、榊くんがティモでバイトをしていたというのは坂井くんの事だったんだ。普通に考えてみれば違和感のある話なのに深く疑問に思わず見過ごしてしまったのは、見過ごしてしまったのではなく見過ごしたかったからなのかもしれない。
色々な事が頭を駆け巡り、感情の整理が出来ない私は涙を流しながら走っていた。
この感情を整理するにはどこに迎えばいいのだろうか。教室では私が泣いていれば誰かが声をかけてくるだろうし、トイレの個室に隠れたとしても泣き声や鼻を啜るが聞こえてきたら噂になってしまう。出来れば誰もいないところがいいが、学校には中々人がいない場所がない。
ひとつだけ、一人になれそうな場所に心当たりがあったので、私はその場所へと走った。
そして辿り着いたのは屋上だ。屋上に通じる扉に鍵がかかっている可能性があったが鍵はかかっておらず、広々とした屋上に出る事が出来た。
屋上に辿り着くとそれまでセーブしていた涙が一気に溢れ出してきた。
この涙はただ単に坂井くんに振られた悲しみからきている涙ではない。
榊くんが坂井くんだという事実に気がつかなかった自分の不甲斐なさや、自分の知らないところで真野さんを悲しませていた自分に対しての怒りなど、色々な感情が混ざり合って溢れた涙だ。
思い切り涙を流した後で冷静になってみれば、今までの自分の行動がどれだけ卑劣で醜かったかがよく分かる。
一人で勝手に失恋したと思い込んだところを榊くんに助けられたのに、そんな榊くんを裏切って坂井くんと付き合った時点で私は最低の女だった。それなのに、さらに悪事を上塗りして坂井くんを振ると榊くんに伝えてしまった。自分の行動が恥ずかしくてもう死んでしまいたいとさえ思う。
こんな自分で誰かに好かれようなんて百年早い。
坂井くんを振って、また榊くんにアタックしようなんて最低な事を考えていたが、それももう無理な話だ。真野さんに、あなたに榊くんと付き合う権利はないと釘を刺されてしまったし、私自身それは正しい意見だと思う。
私にはもう榊くんと付き合う権利も、どんな男性と付き合う権利も無いのだ。
私の話を聞いて榊くんは何を思っていたのだろう。私の行動を見て真野さんは何を思っていたのだろう。
一度止まった涙がまた溢れ始めた。
「はんぜいっ、じても、し、じきれないなぁ」
反省しても仕切れないとはいえ、最大限反省をした行動は起こさなければならない。
本当はもう不登校になってしまいたいところだが、それではただ逃げただけで反省した事にはなら
ない。
こんなクズな私にでも簡単に出来る事がひとつだけある。今後それだけを目標にして生きていこう。
胸ポケットに入っていた手鏡で自分の顔をチェックする。分かっていたことだが目は酷く腫れ真っ赤になっている。
このまま教室に戻ると話題になってしまうので、涙を拭い鼻を啜って何度か深く深呼吸をして、いつも通りの自分に近づけてから屋上を後にした。
こんな私に唯一神様が与えてくれた最後の救いは、榊くんの席が一番前で、私の席が一番後ろなことだろう。
いや、違うな。この救いを与えてくれたのは神様ではなく、榊くんなのだろう。
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