第31話 真実の告白

 中庭にやってくるのが榊だと思い込んでいた結衣は俺の姿を見て呆然としている。


 無理もないだろう。榊がやってくると思っていたら目の前に坂井が現れて、その上別の高校に通っていると思っていた坂井が自分と同じ高校の制服を着ているという状況はすぐに理解出来るものではない。


 俺は中庭に来る前に寄ったトイレで髪をセットし、バイト先での姿、坂井の姿に変身したのだ。坂井への変身は前髪を上にあげるだけで完了なので時間はあまりかからなかった。


 坂井の姿を見た結衣は呆然としているし、水菜は水菜で俺が中庭に結衣を呼んでいた事に驚き俺の方をじっと見つめている。


「え、あ、あの。なんで坂井くんがここに? いや、というかなんでうちの高校の制服着てるの?」


「……訳わかんないよな。でもそういう事なんだ」


「そういう事? そういう事って言われてもどういう事なのかさっぱりなんだけど……」


 この状況を説明するにはかなりの時間を要する。事細かに説明していると昼休みが終わってしまう。内容を完璧に理解してもらえなくても、最悪俺が坂井であると事を結衣に理解してもらえれば今日のミッションは完了だ。


 俺は徐にあらかじめ中庭に準備していた大量の水が入ったバケツを頭上に持ち上げ、そのバケツをひっくり返して頭から水をかぶった。制服が濡れるとか、着替を準備していないとか、そんな細かい考えは頭の中から消え去っていた。


「先輩⁉︎」


「え、ちょっと⁉︎ 何やってるの⁉︎」


 驚く結衣と水菜。


 俺は二人が驚いているのを無視して両手で髪についた水を振り払いながら首を振り回し、びしょ濡れになった髪の水気を飛ばした。そしてトイレでセットしてアップバンクにしていた前髪を下ろした状態に戻した。




「--え? ……榊……くん?」




 水気を飛ばして髪を下ろした状態にすれば流石に結衣でも俺が榊だという事実に気がつくだろう。

 

 何で態々頭から水を被ったのかと疑問に思われるかもしれないが、これにはセットした髪をリセットする目的以外にもう一つ目的がある。

 それは水菜に対しての贖罪だ。あんなことで水菜の気が済むとは思わないが、少しでも誠意が見せられれば俺の目的は達成した事になる。


「ごめん。俺、基本コミュ障でさ。学校ではこうして自分を隠していないとやっていけなかったんだ。ティモでバイトしてる時間なんてほんの数時間だけどさ、ある意味ではあっちの方が俺の本当の姿なんだよ」


「……嘘……じゃなさそうだね」


 結衣がこの真実を受け入れるまでには時間を要するかと思っていたが、全てを悟った様子の結衣は予想以上にこの真実をすんなりと受け入れてくれた。

 俺が結衣の立場であれば俺を怒鳴りつけていてもおかしくないと思う。そうせずに俺の話を受け入れられるのは流石だなと感心させられる。


「ああ。嘘じゃない。だから謝罪させてくれ。ティモで結衣に告白された時に俺が断ってれば何も問題は無かったんだ。それなのに、俺の甘さが二人を傷つける事になった。本当にごめん」


 結衣に対して謝罪の言葉を述べてはいるが、結局本当に伝えたい事を伝えるのは最後になってしまいそうだ。早く伝えなければと思えば思う程、後回しになってしまう。それだけ伝えづらい事なのだ。


「……いや、私が坂井くんを見て、すぐに榊くんだって気づければよかったんだよ。だから榊くんは悪くない。悪いのは私だよ。今になって自分の行動を思い返してみると、最低だったなって思う。榊くんに対しても、坂井くんに対しても、真野さんに対しても……」


「いや、結衣が責任を感じるのはやめてくれ。結衣に責任はないし、結衣の告白を断りきれなかった俺が悪いんだ。でも、最後に一つだけ、伝えたいことがある」




「……うん。ちゃんと聴くね」




 俺だけじゃない、結衣も、水菜も、この場にいる全員が俺の次の発言に予測がついているだろう。


 切り出しづらいことではあるが、もう逃げない。


「結衣……。俺と別れてくれ」


「……分かった。今までありがとね。……ごめん」


 結衣は最後に謝罪の言葉を残し、中庭から走り去っていった。

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