第28話 中庭の忘れ物

 えーっと、なんでしょうこの状況。なんで放課後の中庭に結衣と水菜が二人でいるんだ? あの二人って仲良かったっけ?




 今日の昼休み、俺は相変わらず中庭で水菜と弁当を食べていた。


 五限目の授業が終わってから中庭にスマホを置いてきた事に気が付き、中庭までスマホを取りに行こうかとも考えた。しかし、休み時間ももう終わりに近かったため放課後になってから中庭まで取りに来たのだが……。思わぬ場面に出くわしてしまったな。


 何故結衣と水菜が中庭に一緒にいるのだろうか。俺はあの二人と知り合いだが、あの二人が直接話している場面は見た事がない。


 今出ていくのも気まずいので物陰に隠れて二人の会話を聞いてみる事にしたが、俺が隠れている場所まで二人が会話をしている声は届かないので、何を話しているのかは全く分からない。


 俺が隠れている場所からいつも座っているベンチまで約十メートル程。ベンチの上には俺が忘れたスマホが確認できる。


 あー早くあのスマホとって帰りてぇなぁ。よし透明人間にでもなるか。そうなったらスマホなんてほったらかしてもっと別の事するけどぐへへ。


「私は先輩と一緒にバイトを始めた頃から先輩のことがずっと好きなんです‼︎」


 --え? 今水菜の奴なんて言った? 先輩の事がずっと好き、だって?


 いや待て早まるな。いつも水菜は俺の事を「先輩」と呼んでいるので思わず反応してしまったが、先輩と言うだけなら俺ではない他の先輩誰かを好きになるという可能性も十二分に考えられる。逆に言ってしまえば水菜が俺の事を好きだという可能性が皆無なのだ。


 水菜は俺に対して当たりが強いし、そんな素振りは見せなかったが仁泉を振れなかった事にも怒っているだろう。俺の事を好きな仕草なんて一つも……。


 いや待てよ? 水菜、俺の事好きな仕草めっちゃ見せてね?


 結衣を忘れるためとはいえ、普通に考えれば水菜がどれだけ優しい人間だったとしてもただの先輩に毎日弁当を作ってきてくれる訳がない。それに結衣の事を忘れさせようとしているのも、結衣ではなく自分の事を見てほしいからと考えれば納得がいく。


 仁泉を忘れるための作戦を一緒に考えてくれたり、俺に自分の事を何故か下の名前で呼ばせたり、普通の先輩後輩ならありえない明らかに俺の事が好きな仕草見せてるじゃねぇか。


 なんでこんな事になるまで気がつかないんだよこのクソ馬鹿ち○こ野郎……。あ、下ネタでた。


 水菜が俺の事を好きだと言った言葉以外二人の会話は俺の居る場所まで届かなかったが、俺の事を好きだと言ったその部分だけは聞き取る事が出来た。恐らく水菜が感情的になってしまい大きな声を出した事で俺の耳まで届いたのだろう。


 それ以降の会話は内容を聞き取れるほどの大きな声では行われておらず、話している事が分かる程度の大きさだったが、水菜の声が震えているのだけは分かった。


 ここまで我慢して俺に付き合ってくれていたのだろうが、それも我慢の限界だったのだろう。

 昨日結衣とカフェに行った次の日に水菜が行動を起こしたとなると俺と結衣が二人でカフェに行っていた事を知っている可能性が高い。


 今日の昼休みもいつも通りの水菜のように見えていたが、心の奥ではひっそり泣いていたのかと考えると心が痛む。


 俺は今まで水菜にどれだけ酷い事をして来たのだろうか。自分の好きな人が自分以外の人と付き合い、別れたと思ったら別人として付き合い始める。そしてその相談を自分にされるなんて状況に自分が置かれてしまったらと考えただけで寒気がする。


 二人の会話の声が止まると水菜がこちらに向かって歩いてくるのが見えたので、水菜に気づかれないよう少し位置を移動して物陰に隠れた。

 水菜が俺の横を通り過ぎた瞬間、水菜の表情を確認すると目は真っ赤に腫れ頬には涙を流していた。


 そしてその後しばらくしてから、結衣も俯きながら、涙を流しながら歩いて行くのが見えた。


 二人が中庭からいなくなった事を確認してからゆっくりとベンチまで歩いていきスマホを手に取る。


 俺はスマホを握りしめて、いっそこのまま割れてしまってもいいと思いながら、強く、ただただ強くそのスマホを握りしめた。


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