第29話 同じ気持ち

 水菜が仁泉と会話をしているのを見た俺は自宅に到着し、二階にある自分の部屋へと向かった。部屋に入るとカバンを放り投げ、そのままベットに倒れ込む。色々な考えが頭を駆け巡るが、考えがどうにも纏まらない俺は大きなため息を吐いた。

 水菜も俺が仁泉と別れるための手伝いをしてくれていた時、毎日こんな風にベッドに倒れ込み悩んでいたのだろうか……。


 俺の前では元気で明るい姿しか見せた事のない水菜が涙を流していた。いや、まぁ元気で明るい姿よりも俺の事を罵倒する姿の方が頭に浮かぶけど。

 水菜に涙を流させたのは間違いなくこの俺だ。その事実はどうしたって変わらない。


 水菜と同じく結衣も涙を流していたが、冷静になって考えてみれば俺に対しての結衣の立ち振る舞いは正常と言えるものではなかった。

 好きだった人に好きな人がいると勘違いをした結衣が俺と付き合ってくれるまでは良かったのだが、俺と付き合っているというのに坂井の事が好きだからといって俺を振って坂井と付き合い、挙げ句の果てにはその坂井とも別れると言っている。


 この行動はどうみたって普通の行動では無いし、俺に対しても、坂井に対しても失礼な行動であることは間違いない。

 結衣も水菜に色々と言われて思うところがあったのだろうが、結衣に涙を流す資格などないのではないのだろうか。


 もちろん結衣にゾッコンで周りが見えておらず、結衣の行動に疑いも持たずいつまで経っても結衣の事を好きだ好きだと言っていた俺にも責任はある。


 水菜を泣かせてしまった俺にこれからも水菜と関わる権利はないかもしれないが、水菜を笑顔にするためにも俺は行動を起こさなければならない。

 どのような行動を起こすのが水菜のためになるのか、具体的な案は全く思い浮かんでいないがこのまま水菜を泣かせたままにさせる訳にはいかない。


 俺が水菜のために取るべき行動は二つ。


 一つ、坂井として結衣を振ること。

 

 これは以前から俺が水菜に手伝ってもらいながらやろうとしていた事だが、この前のデートでは見事なチキンっぷりで失敗してしまい結局この目標を達成する事は出来なかった。とはいえ、これは水菜のために起こせる一番容易な行動だ。


 二つ、坂井が榊だという事実を結衣に伝えること。 


 一つ目はまぁ俺が勇気を出すだけなので問題ない。まぁその問題ない事をいとも容易く失敗したのがこの私なんですけどね。


 問題は二つ目。まぁ二つ目も勇気を出すだけでどうにかなる問題ではあるのだが、結衣に坂井は実は榊なのだと伝えた時のリスクを考えるとただ単に勇気を出すだけで起こせる行動ではなかった。

 俺が坂井だと伝えれば榊としても、坂井としても金輪際結衣と関わることは出来なくなるだろう。


 さらには俺が嘘をついて結衣と付き合っていたという事を結衣が他の生徒に言いふらせば俺の学校での居場所は無くなってしまうだろう。


 それは俺としてはリスクが高すぎる……。




 --いや、馬鹿か俺は。


 この期に及んで自分の事を考えるなんて自分で自分が嫌になる。もう自分を保身出来るような立場ではないじゃないか。


 大馬鹿な俺のせいでずっと俺のために行動してくれていた女の子を泣かせてしまった。俺は自分の全てを捨ててでもその子を笑顔にしなければならない。


 失敗しましたは通用しない。俺はもう逃げない。


 これは目標でも決意でもない。確定事項だ。


 明日、俺は仁泉を振る。



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