第26話 ヒーロー
自宅に到着した私はそのまま二階にある自分の部屋へと向かった。部屋に入るとカバンを乱暴に放り投げてベッドにうつ伏せで倒れ込む。
バイトを飛び出して向かったカフェで先輩が仁泉先輩と一緒に居るところを見てしまい落ち込んでしまった私だが、別に失恋をした訳ではない。
お昼休みに先輩と話していた感じでは一応まだ仁泉先輩の事を振る気はあるようだし、まだ落ち込むべき時ではない。
しかし、私の心は折れてしまった。
先輩と仁泉先輩が二人でカフェに居るところを見た時、私の中で何かがポキっと折れる音が聞こえた気がした。頑張って笑顔でこの状況に耐えて来た私の心は限界だったのだ。
私はずっと前から先輩の事が好きだっだが、先輩を好きになる人なんて現れないと決めつけて気を抜いていた。そんなところをまさかまさか、学校の中でも飛び抜けて可愛い仁泉先輩に横取りされてしまった。……横取りという言い方はよろしくないか。
最初は悲しさよりも驚きが勝っており、驚いている間に先輩は仁泉先輩と別れてくれたので安心していた。……いや、安心してしまったのだ。
そこで私が危機感を感じて先輩に告白でもしていたとしたら何か状況が変わったかもしれない。それなのに、私は安心しきって行動を起こさなかった。それがまさか坂井の方の先輩と仁泉先輩が付き合う事になるなんて……。
それからは先輩が仁泉先輩を振るお手伝いをしてきた。先輩一人ではズルズル行ってしまい、いつまで経っても坂井として仁泉先輩と付き合っていそうだったからだ。
もちろん、仁泉先輩と別れて私と付き合って欲しいというのが本音だが、あのまま二人が付き合い続けるのは先輩にとっても、仁泉先輩にとってもマイナスでしかない。
そう考えて私は今まで二人が別れるためのお手伝いをしてきた。
しかし、私がどれだけ先輩を納得させようとしても中々決心をしてくれず、ただただ私の心が擦り減っていくだけ。そして今日、耐えに耐えてきた私の心は折れてしまったという訳だ。
私が枕に顔を疼くめていると、部屋の扉が開く音が聞こえた。リビングにも寄らずそのまま自分の部屋に直行したので誰が家に居るかは分からないが、靴を見た感じ家にいるのはママだけだ。ママにこんなところ見られたら心配させてしまうだろうか……。
ベッドにママが座った感覚があるが、それ以降は話しかけてくるでもなく、何をする訳でもなくその場に居続けた。
そのまま五分程が経過したがママに行動を起こす気配はない。無言も気まずいので私は顔を上げて目を擦り、ママの横に座ってから声をかけた。
「なんで来たの?」
「ママが必要かと思って」
よく分からない理屈だが、必要か不必要で言えば今の私に話し相手は必要だった。どんな悩み事でも、その悩みが解決しなかったとしても、ママに相談するだけで気持ちは幾分か楽になる。
ママに話すだけで気持ちが楽になると言うのも不思議ではあるが、それが母親という生き物なのだろう。
「まぁちょっとは必要だったかな」
「失恋した?」
「いや、失恋はしてないけど。直球すぎない?」
「回りくどいよりいいでしょ? 失恋してないなら大丈夫だ」
この母親は私の苦労も知らないで……。
大丈夫と言われれば安心感を覚えるが、今回の件に関しては私がどれだけ頑張ったとしても、必ず思い通りの状況に変えられる訳ではない。
テキトーな慰めは焼け石に水だ。
「ママに何が分かるの」
「全部分かる」
「分かる訳ないよ」
「そりゃ私も超能力者じゃないから。今の水菜の状況とか、何をどうすればいいのかは分からない。でも水菜、毎朝お弁当頑張ってたもんね。学校に行くだけなのに身だしなみもデート前くらい整えちゃって。そんなことしちゃうくらい好きなんでしょ? その子の事が」
……そうか。ママはずっと私を見てくれてるから分かるんだ。私がどれだけ苦労してきたかも、どれだけ先輩の事を好きかって事も。
「べ、別にそんなに好きじゃないけど」
「素直じゃないと嫌われるぞ」
「いいよ別に、どうせ私以外の女の人の事が好きなんだし。失恋してないとは言ったけど失恋してるも同然だよ」
「その子が水菜の事を想ってくれなくても私は失恋したとは思わないよ? 水菜がその子の事を好きな気持ちを失っていないなら、それは恋なんじゃないかな」
確かにそうか。今はヤケになっているので失恋したも同然だと言ってしまったが、先輩が好きだという私の気持ちが無くなるまでは失恋とは言えないし先輩の事を諦めるべきではない。
「まぁ確かに」
「だから大丈夫。それだけ苦労して、今になってあきらめちゃう方が馬鹿らしくない?」
ママのいう通りだ。ここまで頑張ってきて、ちょっと打ちのめされたからって諦めるなんて勿体なすぎる。冬場のお風呂が寒いからと体を洗う時に出しっぱなしにしてるシャワーの水くらい勿体ない。あー浴室暖房欲しいな。
今までの苦労を自分で水の泡にするところだった。なんで私は落ち込んでいたのだろうか。あれくらいで落ち込む程私は弱い人間ではない。
「そうだね。私、周りが見えなくなっちゃってたみたい。やれるだけの事、やりきらないと」
「うん。最後までしっかりね。じゃ、お母さんは夕飯の準備してくるから」
そう言いながらママは笑顔で私の部屋を立ち去った。必要な時に現れて、問題を解決して去っていく、まるでヒーローの様な姿に憧れを抱いた。
よし、まだまだやれるぞ‼︎
そう意気込んでから涙に濡れた眼を擦り、先輩を仁泉先輩と別れさせるための作戦を考え始めた。
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