第9話 後輩のスイッチ
仁泉と席を離れるという苦行を乗り越え向かえた放課後、バイト先に到着すると俺を見るや否や大笑いする人物がいた。
「ぶはっ。お前って本当馬鹿だよな‼︎ 状況は全部真野ちゃんから聞いたけどもう笑いが止まらんくて止まらんくて」
俺の目の前で笑いを止める事が出来ず涙を流しているのはティモで一緒に働くバイト仲間、
御影とは同じ高校に通う同級生だが、クラスが違うので学校での関わりは殆どない。というか俺から学校では話してこないでくれとお願いしている。
友達が欲しいのは事実だが、学校ではバイト先の自分をさらけ出す事は出来ないからな。
とはいえバイト先ではよく話すし気の合うバイト仲間だ。
「笑い事じゃないんだってほんと。俺だって真剣に悩んでるんだからな?」
「悩むなら最初から付き合わない方がよかったんじゃないの?」
「時すでに遅し。後悔先に立たずってやつだよ」
俺だって仁泉と付き合う前に戻れるのならそうしたい。寿命を十分の一くらいは削っても良いから時間を戻したいもんだ。あれ、意外と覚悟出来てねぇじゃん半分は削れよ。
でもまぁ仁泉を他の男に取られるくらいならって思ったのは俺だからなぁ。自己責任ではある。
「お前の気持ちも分からなくはないけどさ。真野ちゃんが可哀想だろ?」
「真野が? なんでここで真野が出てくんの?」
なぜ御影が真野の名前を出したかは分からないが、御影が真野の名前を口にした瞬間、自分の名前が耳に入ったからか真野が俺たちのところに飛んで来て御影の口を押さえた。
「ちょっと御影先輩何言ってるんですか⁉︎」
「別に何も言ってないけど?」
「もうっ。揶揄うのはそれくらいにしてください」
「まぁまぁ。何してんのか分からんけど御影もその辺にしとけよ。真野が可哀想だろ」
「わりぃわりぃ」
俺の前で何やら訳の分からない会話が進められているが、その話を静止して俺は仁泉の話を続けた。
「とりあえずさ、このままじゃダメだと思ったから先生にお願いして席変わったんだよ。今までは仁泉の隣の席だったんだけど目が悪いって言って一番前の席に移動してみた」
「なんで自分から変わったんですか? 先輩、仁泉先輩の事が好きなんですよね?」
「俺が隣にいたら仁泉が嫌がるだろ? それに、今は坂井として付き合っちまってるけどこれ以上仁泉の事を好きになるのもまずいしさ。あとは最後の抵抗ってかんじかな……」
「なるほど。先輩にしてはいい判断です」
いつもは呆れた目でこちらを見てくるばかりだというのに、珍しく真野が俺の事を褒めている。なぜ俺は褒められたのだろうか。真野が俺を褒めるメカニズムが解明出来ればもっとバイトがしやすくなる。てか後輩からリスペクトされない状況が普通になってるの怖い。
「だろ? でも本当、これからどうしようなぁ」
「んー正直いつかはボロが出ると思うんですよね」
「俺もそう思う」
「正直に、僕は坂井じゃありません榊なんです‼︎ って宣言しちゃった方がいいんじゃないですか?」
真野の言っている事は最もである。仮に一ヶ月、半年、一年と仁泉を騙す事が出来たとしてもいつかは必ず榊だと気づかれてしまう。それでは傷口を広げるだけなので、最初から正直に言ってしまった方が楽になれるのではないだろうか。
でもなぁ。俺が榊だって知られたら仁泉は他の男の事が好きになっちまうよなぁ。
「んー、一理あるけどやっぱ言いづらいな」
「言いづらいなら私から言ってあげますよ?」
「んーそうだな、じゃあ頼む……って言うと思った? そうゆう問題じゃ無いよ? え、馬鹿なの?」
何言ってんだこいつは。自分で言おうが誰かに言ってもらおうが嫌なものは嫌だ。坂井は榊なのだと仁泉に知られてしまったら全てが終わる。
「馬鹿とは失礼な‼︎ 先輩のためを思って言ってるんじゃないですか」
「はいはい、ありがとな」
真野のとんでも発言を軽くあしらいながら二人で会話をしていると、御影が横から口を挟んできた。
「なんかお前ら二人見てると付き合ってるみたいだな」
「べ、別に付き合ってないですけど⁉︎ なんで私がこんな冴えない先輩と付き合わなくちゃいけないんですか」
知ってる知ってる。知ってるけど全力否定は流石に悲しいよ。男としてはクズでも先輩として好かれてるって自負はあるからね? 自負は自負でしかないけどさ。
「ごめんごめん。冗談だよ」
「もうっ。御影先輩は私の事揶揄いすぎです」
真野は誰が見ても良い後輩だ。先輩からいじられる後輩ほどいいポジションは無い。俺の事をリスペクトはしていないが、これだけ可愛ければ多少の事はなんでも許される。
「ところで先輩はなんで先輩って仁泉先輩の事が好きになったんですか?」
「ん? 一目惚れだけど」
「なるほど。私的には先輩が仁泉先輩の事を忘れるのが一番いいと思うんですよ。そしたら仁泉先輩に別れを告げられるし」
それは俺自身理解している。俺が仁泉に未練があるせいで坂井として再び仁泉と付き合ってしまったのだから。
何度も忘れようとしたが仁泉を好きな気持ちを忘れ去る事は不可能に近かった。
どうにかして仁泉の事が忘れられないものだろうか。
「そんな簡単に忘れられるならとっくにやってるよ」
「分かりました、私に任せて下さい」
「いや、任せたくないよ怖いよ」
「まぁまぁ、大船に乗ったつもりで‼︎ 仁泉先輩の化けの皮を剥がしてやりますよ‼︎」
なぜか分からないが真野に変なスイッチが入ってしまったようだ。それ絶対泥舟だからね。言い間違えなかっただけマシだけどさ。
というか化けの皮ってそんな悪者扱いしなくても……。仁泉は天使だから、エンジェルだから。
と、まぁ冗談でもそんな事を言っている間は仁泉の事を忘れる事は出来ないだろう。
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