第10話 真野の作戦
真野が仁泉の化けの皮を剥がすと意気込んだ翌日、真野から呼び出された俺は真野の教室に向かっていた。
上級生が下級生の教室に行くってのは変な緊張感があるんだよなぁ。教室まで行けば、なんで上級生が? と視線を集める事にもなるし。それなら中庭集合とかでよくない? と提案したのだがそれは拒否された。
本来であれば自分から下級生の教室に足を運ぶという愚行はしないが、呼び出されたからにはそれを無視する訳にも行かない。俺は仕方がなく真野の教室へと向かっていた。
真野の教室に到着し、開いていた扉から真野の姿を探していると入り口の目の前の席に座っている真野を見つけた。
「あ、先輩‼︎」
自分の席に座っていた真野が席を立ち俺の元へとやって来た途端、これまで感じた事が無いような冷たい視線が俺を刺す。何この視線怖っ。めっちゃ寒気するんだけど。この視線、多分全部このクラスの男子のだわ。だから来たくなかったんだよ……。
大丈夫だよ下級生男子の皆さん。俺、紳士だから真野には手を出さないし、俺が好きなのは仁泉だから。
それにしても男子たちのこの反応、やはり真野は一年生の中で絶大な人気を誇るようだ。
「ちょっと、なんでわざわざ教室に呼び出したの怖いんだけど」
「それが一番早くて確実かと思って」
「まあそうなんだけどさ……。とりあえず行こう。視線が痛い」
あまりにも視線が痛かったので俺は足早に真野と教室を後にした。
教室を出る際に真野が「ちょっと待ってくださいね」と言って持ってきた机の横に掛かっていた大きめの手さげカバンの中身が気になるところだが、今はそれどころではない。
中庭に到着した俺たちは大きな木の前に置かれたベンチに二人で腰掛けた。
「先輩歩くの早すぎですって。ちょっと息切れちゃいました」
「あ、ごめん。急いでたからな……」
「まぁ下級生の教室って入りづらいですよね。私も上級生のクラスには行きづらいですし」
「ほんと入りづらいわ。俺には難易度エキスパートだわ。それで、仁泉の化けの皮を剥がす作戦ってのは?」
「はい。今日は購買にいる仁泉先輩を見て先輩に幻滅してもらいます」
購買にいる仁泉を見て幻滅してもらう? それだけで幻滅なんかするか? しないよな普通。
「それじゃ幻滅なんてしないだろ。てか仁泉って昼飯は弁当食べてるから購買には来ないだろ」
「それが来るんですよねぇ」
なぜ真野はこんなに自信満々なのだろうか。隣の席に座っていた俺が毎日仁泉を見ていて購買に行く姿など見た事が無い。真野は仁泉と同じクラスでもなく学年も違うので、真野の言っている事を信用するのは難しかった。
「本当に来るのか?」
「来ますよ。まぁとりあえず腹ごしらえしましょっか」
そう言って真野は片手にぶら下げていた手さげカバンから徐に弁当箱を取り出した。そのカバンの中身弁当箱だったのか。なんで弁当持って来てんの? 俺まだ昼飯購買で買ってないんだけど。てか一緒に食べんの?
「俺まだ売店で昼飯買ってないんだけど」
「知ってますよ。はいこれ、先輩の分です」
真野はカバンの中から弁当箱をもう一つ取り出し俺の方に差し出してきた。 俺の分? 弁当を作ってくれと真野に頼んだ記憶は無い。
「何これ、俺が食べていいの?」
「もちろんです」
「なんで弁当作って来てくれたの?」
「今日は作戦を実行する日だったので。腹が減っては戦は出来ぬってやつですよ」
その理屈は分かるが真野が弁当を作らずとも俺は購買で昼飯を買うし、俺の分の弁当を作る理由にはなっていない。
あまり納得は出来なかったが、せっかく真野が弁当を作って来てくれたのだから理由は考えずにありがたく弁当をいただく事にした。
弁当箱を開けると中には定番のウインナーや形の整った卵焼き、彩りと栄養の考えられたおひたしなどの野菜類も入っており非の付け所がない完璧な弁当となっている。
普通に俺の親が作ってくれる弁当より美味そうなんだけど。それに俺は毎日購買で昼飯を購入しているため久しぶりの弁当だった。真野が俺に弁当を作ってくれたという驚きはあったが久しぶりの弁当に思わず心が躍る。
「へぇ。めっちゃ美味そうだな。真野が作ったのか?」
「そうですけど」
「そっかー。真野にも女の子らしいところがあったかー」
「なんですかその言い草は‼︎ 失礼ですよ‼︎」
冗談を交えながら、俺は真野の作った弁当を口に運んだ。
「うん、美味い。結構やるじゃん。これなら毎日でも食べたいわ」
「ふーん。そうですか」
俺が弁当を褒めると真野は満更でもないと言った様子で俺を見つめる。そんな可愛い顔してるから男子から人気出るんだぞ。その顔はもっと特別な男子にだけ見せなさい。
そして俺たちは真野作の絶品弁当を食べ進めながら今日の作戦内容について話しはじめた。
「未だに仁泉が売店に行くってのが信じられないんだけど」
「大丈夫ですって。私、この目で見てるので」
ウインクをしながら右目を指差す真野の仕草に思わずドキッとしてしまう。可愛いって思っちゃったよやめてよあざとすぎるって。あざといけどこのあざとさも人気の理由なのだろう。
「真野はその目で見てるかもしれないけど俺は自分の目で見てないからな」
俺は真野の話をどれだけ聞いても真野の言っている事が信じられないでいた。ちょっと前まで俺仁泉の隣の席だったんだよ? 何も知らない奴よりは仁泉の事を知ってるつもりの俺が仁泉が購買に行ってるところ見たことないんだから。そりゃ信じられる訳がない。
「まぁ百聞は一見にしかずですね。とにかく急いで弁当食べて売店いきましょう‼︎」
俺たちは売店に向かうため、急いで弁当を食べ進めた。
◇◆
「ほら、やっぱりいねぇじゃん」
弁当を食べ終えた俺たちは購買の裏から仁泉がやってくるのを待っていた。しかし、昼休みの残り時間が十分に迫っても仁泉の姿は見えない。
「まぁまぁ、焦らず焦らず」
「焦らずも何ももう昼休み終わるんだけど」
「あ、ほら。あれ見てください。仁泉先輩です」
……マジか。真野の言う通り、仁泉は一人で購買にやってきた。しかも周りを警戒しながら何やら挙動不審な動きをしている。
「本当だな。仁泉いつも弁当食べてるから購買なんて使ってないと思ってたんだけど」
「仁泉先輩、結構大食いらしくてお昼休みが終わる十分くらい前にパンを買いに来てるみたいなんですよ。多分大食いだって気付かれるのが恥ずかしいんでしょうね。幻滅しません?」
どうやら仁泉が昼休みに購買を利用していると言うのは本当のようだ。
しかし、これで俺は仁泉のどこに幻滅しろってんだ?
「仁泉が実際に購買にいる姿を見せられちゃ信じない訳にはいかないけどさ、これで何を幻滅したらいいの?」
「え? 可憐で美人な仁泉先輩が実は大食いって幻滅しません?」
「……いやそれむしろポイント高いよ。いっぱい食べる君が好き、なタイプなんだよ俺」
「え、そうなんですか?」
「ああ。女の子がたくさん食べてる姿って可愛いじゃん」
真野は目を見開いて驚いているが、男って意外とみんな大食い女子って好きだからな。小食で、私もう食べられませーん、タイプよりも自分の目の前で幸せそうにご飯を食べている姿が見たいという男子は多いだろう。
それにしても、仮にこれが真野の作戦だというのならむしろ逆効果で初めての作戦は失敗に終わったと言わざるをえない。
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