第7話 心変わり

 一人で勝手に好きになって一人で勝手に失恋した。どこの誰かも分からない、ティモでバイトをしているという事しか分からないあの人には彼女がいたのだ。

 私は今まで男子を好きになった事がないので、正直友達と恋バナをする時は話を合わせるのに必死だった。

 それで初めて好きになった人には彼女がいて、その彼女に抱きついているシーンを目撃して初恋終了だなんて……。

 

 そんな事友達にも相談しづらいし、どうしたらいいんだろう。


「はぁ、やっぱりそうだよね……」


「どうかした?」


 頭の中で独り言を言っていたつもりが、どうやら口に出してしまっていたらしく隣の席の男子から声をかけられた。


 声をかけて来たのは隣の席になってから、いや、入学してから一度も話した事が無い榊くんだった。話した事が無いというか隣の席になるまで私はこの人の存在を知らなかった。それくらい存在感が薄い彼が私に声をかけて来た事にはかなり驚いた。


「--あ、えーっと……。榊くんだっけ?」

「うん。急に話しかけるのも良くないかなとは思ったんだけど、仁泉さん、落ち込んでるみたいだったから」


 よかったー名前覚えてて。ここで、誰だっけ?

なんていうのは流石に失礼すぎる。


「え、本当? やっぱ私落ち込んでるように見えた?」


「うん、少なくともいつも通りではなかったかな」


 一言も話した事が無いのにこの人は私の些細な変化に気が付いてくれるんだ……。きっとこの人は優しくて気の遣える人なのだろう。

 

「そっかー。バレてたかー。色々あってさ、友達には相談しづらい事だから一人で抱え込んじゃって」


「話聞こうか?」


「……え? 榊くんが?」


「あ、ごめん迷惑だった? 俺なんか空気だと思ってもらってもいいから、悩み事なら誰かに話せば仁泉さんが楽になるのかなって」


 今初めて喋った私の悩み事を聞いてくれるなんて、この人はやっぱり優しい人だ。目は髪で隠れておりメガネをかけているので見た目は地味だけど、この人に話したら気が楽になるような気がする。

 とはいえ、初めて話す人にこんな悩みを相談するのも気が引ける。普通なら断るところなんだけど……。いや、話した事が無いからこそなんでも気兼ねなく話せるって事もある。


「迷惑だなんてそんな事ないよ‼︎ 急に言われたから驚いちゃったけど……。じゃあ話、聞いて貰おうかな?」


 今思えば、この時からすでに私の心は榊くんに傾き始めていたのだと思う。




 ◇◆




 私は榊くんと付き合う事になった。榊くんの優しさをこれからもどんどん知って仲を深めていくのだと考えるとこれからの学校生活が楽しみだった。


「ねぇ結衣‼︎ ビッグニュース‼︎」


 慌てて私のところに走ってきた梨沙は汗をかいており息も荒い。何か伝えたい事があって走ってきた事が窺える。


「どうしたの? そんなに急いで」


「あんたが好きだったティモの店員さんいるじゃん?」


「--え⁉︎ な、なんでそれを⁉︎」


「いや、見たらわかるって」


 さすが親友というべきか、私の気持ちはすでに見破られていたようだ。ま、まぁもう別に好きじゃないし。梨沙には榊くんと付き合ってるのを内緒にしてるから態々教えに来てくれたのか……。


「そ、そうなの……。それでその店員さんがどうかした?」


「あの人フリーなんだって‼︎」


 フリー? あの人が? そんな馬鹿な。だって私、あの人が店内で白昼堂々女の子に抱きついているところを……。


 いや、もしかすると私の勘違いなのか?


 確かに私はあのシーンを見て焦って逃げ帰ってしまったので、あの店員さんがバイト仲間の女性と付き合っていると決定づけられた訳ではない。


「え、フリー?」


「よかったじゃん‼︎ 結衣くらい可愛い子ならすぐ付き合えるって。アタックしなよ」


「は、はは……。考えとくね」


 榊くんと付き合ってまだ数日。このタイミングでそんな事を知ってしまうなんて……。


 まだ失恋してから日は浅いし、正直店員さんの事が気にならないかと言われれば嘘になる。

 とはいえあんなに優しい榊くんを振ってまであの店員さんにアタックするのは申し訳ないし……。


 そしてこの出来事からさらに数日、私は考えに考え抜いた結果、中途半端な気持ちで榊くんと付き合うのは別れを告げてしまうより申し訳ない事だと思い、榊くんに別れを告げたのだ。


 この選択が正解なのか不正解なのかは分からないが、どんな結果になろうとも榊くんを傷つけている時点でこの選択が正解になる事は無いだろう。

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