第6話 好きな理由

 きっかけは単純な事だった。それは親友の三波梨沙みなみりさと二人で学校の最寄駅近くにあるファミレス、オッティモに行った時の話だ。


「いいなぁ。梨沙にはそんなに優しくてカッコいい彼氏がいて」


「別にカッコよくないよ。それに優しそうなのは人前だけ。私と二人でいる時は全然」


 そうやって彼氏を軽く蔑む様に話す事にも憧れていた。梨沙だって本気で自分の彼氏の事をカッコよくないと思っている訳ではない。ただの謙遜だ。

 友達に彼氏の話をする時、自慢話になってしまうと相手にうざいとか面白くないと思われてしまうので、自慢話にならないよう話すのが鉄則なのだ。


「いやいやそんなことないでしょ。絶対優しいって。私もいい人近くにいないかなぁ」


「いやいや何言ってるんですか結衣さん。今月は何人の男から告白されたの?」


「……3人だけど」


「私はそっちの方が羨ましいわ。どうせまた全部断ったんでしょ?」


「うん。なんか違うなぁって。明確な理由は無いんだけどね」


 私は第三者目線で見てもモテる方だと思う。自慢ではなくうんざりしているのだ。もうやめてくれと思うほど告白はされるし、自分の容姿が他の人よりいいことも理解している。

 告白をされるという事はその告白を断らなければならないという事になるのだが、何度経験しても慣れるものではないし告白されるのは本当に嫌だった。


 正直、私的に外見はどうでもいい。友達からはそんなの嘘でしょって言われるけど本当の話だ。

 どんなにカッコよくてお金持ちでも、優しくて私を大事にしてくれる人じゃないと付き合う気は無かった。

 それが贅沢なのかどうか私には分からないが、私は今まで誰かを好きになった事が無い。


「結衣だったらよりどりみどりなんだからさ。そのうちいい相手がみつかるよ」


「そんなもんかなぁ。まぁ急いで欲しいわけでもないけどね。ちょっとジュースとって来る」


 長話にはドリンクバーが欠かせない。色とりどりのジュースを飲みながら恋話に花を咲かせているこのひと時は私にとって至福の時間だ。


「うーん、炭酸も飲みたいけどココアも飲みたいなぁ」


 欲張りだとは思いながらも、私は片手にメロンソーダ、片手にココアを持って机に戻ろうとした。両手に飲み物を持つ事が危険な事は分かっていたので注意はしていたつもりだった。

 しかし、私は段差も何も無いところで躓き倒れそうになった。メロンソーダはいいが小皿に乗せていたココアのカップは勿論皿から滑り落ちる。


 どうする事も出来ずそのまま地面に倒れそうになったその時、店内を歩いており私とすれ違う直前だった店員さんが私の前に出て私を受け止めてくれた。


「だ、大丈夫ですか⁉︎」


 私が店員さんの様子を伺うと、店員さんは私を受け止めた勢いで倒れ込んでしまっただけでなく、私が持っていたココアとメロンソーダを盛大に頭からかぶっていた。


「全然。大丈夫ですよ」


 こんな状況でどうしてそんな顔が出来るのだろうか。今まで一度も恋をした事が無い私は、彼の優しさと柔らかい笑顔に一目惚れしたのだった。




 ◇◆




 それからと言うもの、私は足繁くオッティモに通うようになった。迷惑だとは思いながらも、毎回梨沙ともう一人の親友、小宮茜こみやあかねを誘って三人でティモに足を運んでいた。


 そんなある日、梨沙と茜が用事で家に帰らなければならなかったので私も自宅に帰ろうとしたのだが、あの店員さんに会いたい一心で恥ずかしさを押し殺して一人でティモに向かうことにした。


 あの人は私を覚えてくれただろうか。頻繁にお店に押しかけて迷惑ではないだろうか。そんな感情が頭をかけ巡る。そんな期待も不安も全て、人生で初めての感覚で私にとっては心地の良い物だった。


 しかし、私はティモに到着して衝撃の光景を目にすることになる。


 その男の人が可愛らしいバイトの女の子と、誰も居ない店内で抱き合っていたのだ。


 そうか……。バイトでずっと一緒に居ればあの人の事が好きになって当たり前だよね……。これが失恋ってやつか……。


 そんなことを考えながら、私は逃げる様に店を後にした。

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