第4話 別れ話
今日も結衣と二人でカフェに行って楽しく会話を出来ると思っていた。二人で笑い合いながら優雅にコーヒーを飲めると思っていた。
それなのに、まさかこんなに早く終わりがやってくるなんて……。
「前の人ってのは、結衣が失恋した相手の事か?」
「……うん。自分勝手な事言ってるのは分かってるんだけどやっぱり忘れられなくて。史桜くんには申し訳ないけど、中途半端な気持ちのまま付き合ってる方が失礼かなって思ったの」
これは当然の結末である。これが俺と結衣が別れるかどうかを賭けたゲームならオッズは相当低いだろうし、誰もが予想出来た結果だろう。俺自身、罰ゲームでもいい、騙されていてもいいと思って付き合ってたからな。
普通の彼氏であればこの場面で彼女を引き止めるとか、逆に怒鳴りつけるとか、色々な反応があるのだろう。しかし、俺には結衣を引き止める言葉を言える程の自信が無かった。
「……そっか。じゃあ別れるか」
「--え、なんか軽くない?」
軽いのは結衣の方だろ‼︎ と思わず反論しそうになるがそれはグッと堪える。せめて、結衣にとって最後の俺の記憶が良いものであるように。
「軽いも何も、結衣がその気なら俺が止めても意味ないだろ? それに、結衣には幸せになって欲しいから」
「……ごめん」
最後に結衣から聞いたのは謝罪の言葉だった。せめて最後の一言が「ありがとう」という感謝の言葉だったら俺の気持ちはどれだけ楽だっただろうか。
振られた自分も辛いが、結衣の気持ちを考えるともっと辛い。自分の事を好きだと言ってくれている人に対して他の人が好きだと伝えるのはどれほど苦しい事か。
俺みたいな底辺の男が変に結衣に声をかけなければこんな風に結衣を苦しませる事は無かった。こんな事なら最初から話しかけなければ……。
「それじゃあ、俺はもう帰るから」
「うん。気をつけてね」
俺と結衣が注文したアイスコーヒーの代金をそっと机に置き、即座に立ち上がって店の出入口へと向かった。初めて結衣とカフェに来た日から今日まで、コーヒーの代金は結衣が割り勘だと言って聞かなかったが、今日ばかりは俺に払わせてもらおう。苦しませて本当にごめん。
店を出て、暗くなり始めた道を歩く。
手に冷たい何かがポツリと当たる。雨でも降っているのだろうか。前がよく見えなくて歩きづらい。
◇◆
『え⁉︎ 振られた⁉︎』
こんなテンプレな反応を予想していた俺は真野の反応に驚きを隠せなかった。
俺が結衣と、いや、もう仁泉と呼ぶべきか。仁泉と別れた事を真野に伝えると、真野はあまりにもすんなりと、「へぇ。そうですか」と言い放った。付き合ったって言った時はあんなに疑ったのに別れたって話はすぐ信じるんだから正直な奴だよなぁ。俺がブサイクって事? ねぇブサイクって事?
「なんで振られたんですか? もしかして卑猥な事を強要したりしたんじゃないでしょうね」
「え、真野の中の俺ってそんなにやばい奴なの?」
「まぁ色々とやばいですね」
はぁ……。大好きな彼女に振られた上にバイト仲間の後輩からはやばい奴呼ばわりされるとか不憫すぎるだろ。今年って厄年だったかな。いや、一瞬でも仁泉と付き合えた事を考えたらむしろ幸せな一年だな。
「よかった……」
「ん? 何がよかったって?」
「に、仁泉先輩が先輩に襲われなくて良かったって言ったんです」
「トドメ刺すなよオーバーキルだぞそれ」
そんな事を厨房で話しながら俺は昨日の出来事を忘れるよう努めていた。冷たい真野の言葉も今の俺には暖かく感じる。
今日はフロア担当なので、気持ちを紛らわせるために無我夢中で机の掃除や備品の整理などを進めていた。相変わらず客はおらず、何故この店が存続しているのかを疑問に思いながらドリンクバー用のコーヒー豆を補充していると、お客さんが入店してきた音が鳴り、俺は入り口の方向いた。
「いらっしゃいませ〜……⁉︎」
店の入り口には昨日俺を振った張本人、仁泉が一人で立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます